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戦後最大の赤字の日本航空を3年で再建した経営の神様が死去…韓国農業の先駆者「禹長春」博士の婿

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2022.08.31 07:09
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日本で「経営の神様」とあがめられる京セラ創業者の稲盛和夫名誉会長が老衰のため死去した。90歳だった。京セラは30日、稲盛名誉会長が24日午前8時25分に京都市の自宅で永眠したと明らかにした。稲盛会長の葬儀は家族葬で行われた。京セラは別途の追悼式を開く計画だと発表した。

1932年に鹿児島の貧しい田舎の家に生まれた稲盛氏は鹿児島大学工学部を卒業し京都の松風工業という小さな会社に就職した。だが創業の夢を抱いて4年後に辞表を出した。当時27歳だった。1959年4月に資本金300万円、従業員28人で始めた会社が京都セラミック、現在の京セラだ。京セラはその後世界的な電子素材・部品・装備会社に成長した。

稲盛会長は「アメーバ経営」で有名だ。組織を「アメーバ」と呼ぶ小さな集団に分ければすべての社員が「主役」になり経営に参加できるというもので、京セラを始まりにこの方式は日本の700社の企業に導入された。

彼が講演などでしばしば言及したのも「利他の心」だ。多少の犠牲が伴っても相手に配慮する「利他の心」が重要で、事業でも長期的には必ず恩返しを受けられると信じた。

彼は他の会社の救援投手として登板することもあった。1998年に破産直前のコピー機メーカーが彼に助けを求めた。稲盛会長はこの会社に飛び込んで速やかに回復させた。戦後最大の赤字を抱えていた日本航空は彼の手を経て生き返った。当時78歳だった稲盛会長は周囲の反対にも会社更生法の適用を受けていたこの会社の会長に就任した。わずか2年8カ月後に日本航空は再建して再上場に成功し、彼に「経営の神様」という称号が付けられた。

韓国とも縁が深い。稲盛会長は韓国農業の父と呼ばれる禹長春(ウ・ジャンチュン)博士の婿(4番目の娘の夫)だ。禹博士の死去後、稲盛会長は京畿道水原(キョンギド・スウォン)にある義父の墓を訪れたりした。

稲盛会長の経営秘法と哲学を盛り込んだ著書は『アメーバ経営』など40冊余りに達する。1989年に初めての著書を出し、韓国でも1995年に『成功への情熱』が翻訳され人気を呼んだ。京セラがメインスポンサーだったJリーグの京都サンガFCで活躍した朴智星(パク・チソン)選手をかわいがっていた逸話も有名だ。

自身の経営哲学を伝えるために作った盛和塾を2016年に韓国にも設立した。私財を投じて1985年に稲盛財団を設立し、技術と基礎科学、芸術分野に貢献した人々に「京都賞」を授与してきた。

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    2022.08.31 07:09
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