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【コラム】支石墓の毀損、韓国・金海市の惨劇

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2022.08.19 10:36
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1992年、青森県三内丸山から大規模な新石器遺跡が見つかった。野球場の工事中に遺跡が見つかったが、その範囲が広いことが分かると青森県は野球場の建設を中止した。代わりに数十年間の精密発掘調査を通じて現在の遺跡公園を造成した。

「青い森」という名前からも分かるように青森県9607平方キロメートルの敷地のうち森林が70%を占める。美しい自然に遺跡公園まで作られ、ここは日本人が京都の次に「もう一度行きたい観光地」に挙げるほどで、外国からもここを訪れる足が絶えない。

 
ところで最近、慶尚南道金海(キョンサンナムド・キムヘ)では自治団体の「無知」によって世界最大規模の支石墓(コインドル)の原形が毀損されるという呆れるようなことが起こった。今回毀損された亀山洞(クサンドン)支石墓は2006年亀山洞宅地地域開発事業当時に発掘された。学界では支石墓の上石の重さが350トン、支石墓を中心にした墓域施設が約1600平方メートルに達すると把握した。

だが、金海市は支石墓の規模が大きいため、当時の発掘技術や予算確保困難を理由に挙げて埋め戻して保存してきた。その後2019年に総合整備計画を立てて2020年12月に復元・整備工事に入った。その後、文化財庁と事前協議なく支石墓の上石(覆いの石)の下の墓地を表示する薄石(底石)を無断に持ち出して洗浄などをした後に敷き直す整備工事をしながら原形を傷つけた。

三韓時代を経て高句麗・百済・新羅が鼎立した三国時代にも韓半島(朝鮮半島)の南側に伽耶という名前の国が幾つもあった。

このうち3~4世紀に最も大きな勢力を誇っていた国が現在の金海市がある金官伽耶だ。だが、金官伽耶(532年)と大伽耶(562年)まで新羅に併合されて歴史の中に消えた。

今回毀損された支石墓は金官伽耶誕生の秘密を解く重要なカギになるとして学界から熱い注目を浴びていた。2017年文在寅(ムン・ジェイン)前大統領が伽耶史の復元を指示してこの支石墓の薄石の下に埋まっていた青銅器時代の文化層(過去の文化を知るために参考になる地層)も本格的にスポットライトが当たり、国家史跡指定も控えていた。だが、支石墓の原形が毀損されて文化財の価値と国家史跡指定の可能性が低くなった。

「伽耶王都」と呼ばれて伽耶史の復元専門担当部署まである金海市の行政がこのような水準なのに、他の自治団体の文化財発掘と復元はどうなのか、懸念が大きい。金海市の過ちもきちんと明らかにされるべきだが、今回の事例を文化財復元の他山の石としなければならない。もう二度とこのような惨劇は見たくない。

ウィ・ソンウク/釜山(プサン)総局長

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    2022.08.19 10:36
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    2006年慶尚南道金海市亀山洞(キョンサンナムド・キムヘシ・クサンドン)宅地開発当時に発見された支石墓の様子。この支石墓は世界最大規模と推定されてきた。[写真 金海市]
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