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<安倍元首相襲撃死亡>政治家一族のプリンス、歴代最長寿首相…韓日関係は過去最悪(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2022.07.10 11:28
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8日の選挙遊説中に元自衛隊員に銃撃され死亡した安倍晋三元首相は日本の最長寿首相だ。第90代と96~98代首相を歴任し合計8年9カ月にわたり在任した。2012年の第2次政権後6回の衆院選と参院選で大勝するなど、2020年に首相から退くまで「安倍1強」独走体制を構築した。「失われた20年」の回復と改憲を通じて戦争できる「普通の国」への復帰を掲げたことが奏功した。だが彼の「アベノミクス」は日本経済に負担を与え、対外強硬路線により韓国・中国など周辺国との関係は過去最悪だったという評価も出ている。

安倍氏は日本で最も有名な政治名門の家柄出身だ。母方の祖父は1955年の自民党結成を主導し、第2次世界大戦直後の日本政治を左右した岸信介元首相だ。祖父の安倍寛も衆議院議員を務めた。岸元首相の実弟の佐藤栄作は安倍元首相以前の日本の最長寿在任首相だ。安倍氏の父親の安倍晋太郎は外相と自民党幹事長を務めた。偶然にも安倍氏は父親の安倍晋太郎と同じ満67歳で世を去った。

 
成蹊大学政治学科を卒業し神戸製鋼に入社した安倍氏は1982年に父親の秘書として政治に入門した。1991年に首相候補として有力に議論された父親の安倍晋太郎が持病で死去し、2年後の父を継いで山口県で出馬し衆議院議員に当選した。

2002年には官房副長官として日本人拉致問題解決に向け当時の小泉純一郎首相と北朝鮮を訪問し大衆の注目を浴びた。その後2006年9月に自民党代表に選出され、第2次大戦以降で最年少の52歳で首相の座に就いた。だが就任から1年後、2007年7月の参議院選挙で惨敗した責任を負って首相を辞任した。

切歯腐心した安倍氏は5年後の2012年9月に再び自民党総裁に上がった。1955年に自民党創設後総裁に2回当選したのは初めてだ。同年12月に自民党が衆議院選挙で勝利すると再び首相に就任した。2007年に安倍氏が辞任してから2012年に2度目の執権を果たすまで、日本の首相は1年に一度の頻度で替わった。安倍元首相は執権中に政治を安定させ現実主義路線を守ったという評価を受ける。また、首相補佐機関である首相官邸を通じて人事権を握り、官僚らに対する圧倒的な掌握力を発揮して長期執権を継続した。

だが2017年に森友学園に国有地を売り払おうとしたという疑惑、2019年11月の「桜を見る会」と関連したスキャンダル、2020年の新型コロナウイルスへの対処失敗などにより支持率は20%台まで落ち込んだ。結局2020年8月に潰瘍性大腸炎再発を理由に辞意を表明した。自身が招致した2020年東京五輪の開催を通じて「日本復興」を宣言しようとしたが、新型コロナウイルスの流行により五輪が1年延期され、直接五輪を行うことができなかった。

<安倍元首相襲撃死亡>政治家一族のプリンス、歴代最長寿首相…韓日関係は過去最悪(2)

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