【コラム】経済危機の時に必要なのは自由よりも温かさ=韓国
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2022.06.21 16:23
「4人家族の同年の都市勤労者の(1カ月)最低生計費は8万3480ウォンだった。(私たち)3人兄妹の収入総額は8万231ウォンだった。しかし保険料・国民貯蓄・互助会費などを差し引けば6万2351ウォンにしかならなかった。このお金を稼ぐために私たちは(工場で)死ぬほど働いて、母はいつも不安を感じていた」。1978年に出版された趙世熙(チョ・セヒ)氏の『小人が打ち上げた小さい球』の一部だ。70年代後半の貧困層がどれほど苦労して生活し、人間の尊厳性がどのように毀損されたのかを告発した連作小説だ。このような表現もある。「私たちの生活は戦争のようだった。私たちはその戦争で毎日負けてばかりだった」。
一方では不動産投機ブームが起きていた。富裕層の過度な消費が問題になったのもその頃だ。3人の兄妹が死ねほど働いて手にする金額よりはるかに高い英語・数学塾の授業を受ける中高生が少なくなかった。朴正熙(パク・ジョンヒ)政権は1人あたりの国民所得1000ドルを政治的功績として前に出した。いつもそうであるように平均値は全体の姿を見せることができないという限界がある。