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【コラム】韓国戦争が「米中戦争」に化ける

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2021.09.12 10:14
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韓国戦争(朝鮮戦争)を「米中戦争」と呼ぶことができるだろうか? 米国と中国が激突する新たな冷戦の概念が71年前の韓国戦争まで吸い込んでいる。現在の見方で過去の冷戦を再解釈する中で「歴史歪曲」が強行されたりもする。最近韓国での上映をめぐり論議をかもした中国映画『1953金城大戦闘』(原題『金剛川』)はひとつの事例とみられる。

韓国戦争を韓国と北朝鮮の間の内戦とだけ理解していた人は戸惑うかもしれない。この映画には韓国軍と北朝鮮軍が出てこないで米軍と中国共産軍の間の戦闘だけで構成されたためだ。

韓国戦争は内戦と国際戦の性格が混ざっていた。3年の戦争期間に韓国と北朝鮮の無数の軍人と民間人が殺傷され全面戦争を行ったという点で見れば内戦だ。同時に米ソ2つの強大国が向き合った冷戦時代最初の熱戦だったという点で見れば国際戦だった。ソ連・中国・北朝鮮の社会主義「三角同盟」の侵略に対抗し米国をはじめとした西側16カ国が参戦した。

2020年は韓国戦争勃発70年になる年だが、これを最も熱く記念したのは中国政府だった。中国では自分たちが参戦した10月25日を記念日とする。昨年10月23日の70周年記念式で習近平主席が直接立ち上がり、韓国戦争に対し「米帝国主義」に対抗した「正義の勝利」だったと規定した。中国の最高指導者が韓国戦争参戦記念行事で直接演説をしたのは20年ぶりというが、その内容は非常に積極的だった。この20年間は中国が米国と西側に門戸を開放し経済開発に邁進した時期だったため敏感な政治的問題を表に掲げていなかった。

1991年のソ連崩壊で冷戦が幕を下ろす前まで東欧では韓国戦争が内戦であり韓国の北侵で始まったという宣伝が通用した。ソ連崩壊後、韓国戦争関連のソ連の文書が公開され初めて戦争の実状が明らかになり始めた。1949年8月29日にソ連が核爆弾実験に成功して自信を付け、1950年1月に金日成(キム・イルソン)がモスクワを訪問してスターリンの許諾を受けなかったなら戦争は発生しなかっただろう。ソ連は韓国戦争の始まりから最後まで最も重要な行為者ながらも自身の役割を隠した。早く終わらせることもできた戦争を3年も引っ張り犠牲が増えた背景にもソ連の計略があった。こうした事実を明らかにするのには中国出身の学者も寄与した。トウ小平の改革開放の風が吹く中でソ連の顔色をうかがわなくても良かったためだ。

中国は韓国戦争を「抗米援朝戦争」と呼んできた。「米国に対抗し北朝鮮を助けた戦争」という意味だ。記念式で習近平主席は「米国の侵略に抵抗し北朝鮮を援助するための戦争での偉大な勝利は中国民族の歴史と人類平和、発展の歴史に永遠に刻まれるだろう」と話した。「米国の侵略」というは仁川(インチョン)上陸作戦成功後、38度線を通過し北進したことを示すようだ。1949年10月1日に中華人民共和国を樹立した毛沢東がスターリン、金日成と緊密に韓国戦争を謀議した事実に対しては口を閉ざしている。

こうした流れの中で映画『金剛川』、ドラマ『鴨緑江を越えて』、ドキュメンタリー『抗米援朝戦争』などが中国政府の支援の下で昨年集中的に制作された。新たな冷戦の激化に備えた「内部引き締め」とみられる。中国では30日に映画『長津湖』が開封される。中国政府が大衆歌謡の流通まで規制する最近の時代錯誤的な「過去統制」もそうした内部取り締まりの延長線に置かれているようだ。

映画『金剛川』の韓国上映と取り消し議論は逆説的に韓国が置かれた冷厳な現実を見せてくれた。冷戦時代にそうだったように新たな冷戦時代にも韓半島(朝鮮半島)は依然として2つの強大国間の理念対決の最前線に置かれている。

ペ・ヨンデ/近現代史研究所長

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