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【コラム】アフガニスタン、韓国そして米国(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2021.09.02 11:24
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2001年9月の米同時多発テロ後、金大中(キム・デジュン)政権は政治的に敏感な状況でもアフガンに工兵と医療部隊を速やかに派遣した。2003年に盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権はイラク戦に医療支援団と建設支援団を送った。これも政治的に大変重要で難しい決定だった。韓国は2008年にイラク派兵任務が平和的に終了するまで連合軍のうち3番目に多くの兵力を支援した国だった。しかし2007年に韓国の教会信者23人が布教活動のためアフガンに行ってタリバンに拉致され2人が殺害される事件が発生した。私は米国外交官として、拉致された民間人救出と、さらに多くの人質劇を助長するかも知れないリスクの狭間でバランスを取らなければならなかった当時の韓国政府の苦しさに共感した。結局人質解放には成功したが、その余波で韓国派兵人材の駐留地はバグラム米軍基地に置かれた小さな韓国病院に縮小された。2009年に韓米の議題に再びアフガンが浮上し、2010年に韓国は軍人・警察・救護要員で構成された地方復興チーム(PRT)を派遣するなど支援を拡大した。

アフガニスタンは成長を続ける韓国の政府開発援助(ODA)草創期の主要恩恵国だった。韓国は2002年にカブールにKOICA事務所を開設し、各種脅威と厳しい条件の中でも支援活動を継続した。2013年には韓国の2国間援助で最大の恩恵国だった。昨年12月に韓国のNATO外相会議出席で見るようにNATOとパートナー関係を拡大し続けているが、その縁が始まったのもアフガニスタンだ。

2001年から私は米国が主導するアフガン復興努力に韓国が見せた献身を見守ってきた。世界的に浮上している韓国の自信とアイデンティティ、急成長するソフトパワーとハードパワー、特に中央アジアでの人的ネットワークの拡大も注視してきた。テコンドーがアフガンで旋風的な人気を呼んでいることからもこれを知ることができる。アフガニスタンが過去の五輪で取った2つのメダルはイランにあるアフガン難民収容所でテコンドーと愛に落ちた選手が手にしたものだ。韓国政府の迅速で効果的なアフガン人救出と彼らが韓国で受けた暖かい歓待も印象的だった。韓国が今後もアフガン国民、特に女性と少女に教育機会を提供する上で主導的な役割をできることを期待する。

キャスリーン・スティーブンス/元駐韓米国大使・韓米経済研究所長 【コラム】アフガニスタン、韓国そして米国(1)

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