<Mr.ミリタリー>AI・無人ロボット…韓国国防部がもたつく間に米国に10年の遅れ(1)
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2021.08.12 11:35
1346年8月、イングランドとフランスがブルターニュ継承問題をめぐり歴史的な決戦をした。イングランド軍を率いるエドワード3世はフランスのノルマンディに上陸した後、パリを侵攻した。これに対応するフィリップ6世はフランス軍を率いてフランス北部クレシーでエドワード3世と対峙した。当時イングランド軍は1万-1万5000人だったが、フランス軍は2万-3万人と優勢だった。結果はフランスの大敗だった。イングランド軍の長弓が決定的だった。イングリッシュロングボウというイングランド軍の長弓は弓の長さが2メートルだが90メートル以上も飛び、フランス軍の鉄甲を突き抜け、馬を倒した。フランス軍はまともな戦闘もできずに後退した。
1592年の壬辰倭乱(文禄の役)当時、韓半島(朝鮮半島)に進駐した倭軍は陸地では破竹の勢いだったが、海では連戦連敗だった。李舜臣(イ・スンシン)将軍が指揮する朝鮮軍艦船の板屋船に20門ほど搭載された天字銃筒など大砲の射程距離は900メートルであるのに対し、倭軍の艦船の大砲は2、3門にすぎず、鳥銃の射程距離は50-100メートルだった。李舜臣は倭軍の艦船と一定の距離を維持しながら大砲を浴びせた。閑山(ハンサン)大捷など李舜臣将軍の23戦23勝だった。
2003年のイラク戦争で米軍はイラク軍を完全に制圧した。米軍はイラク軍の位置を先に把握して精巧に攻略した。米軍の作戦はイラク部隊に非対称的時間差攻撃で進められた。イラク軍は被害を判断する前にまた攻撃を受けた。攻撃が繰り返されるとイラク軍はまひし、戦闘意志は崩れた。米軍は正確な情報を基盤に「観測→判断→決心→戦闘施行」など戦闘サイクルを速かに稼働した。逆にイラク軍は米軍の位置も把握できず、意思決定はさらに遅れた。