주요 기사 바로가기

「2032年五輪南北共同開催のためIOCが数回連絡、平壌が関心向けず」

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2021.07.06 09:47
0
韓国が開催した最初の冬季オリンピック(五輪)であり一時的とはいえ南北和解のきっかけとなった2018年の平昌(ピョンチャン)冬季五輪の招致決定から6日で10年となる。南アフリカのダーバンで開催された国際オリンピック委員会(IOC)総会で、平昌は3度目の挑戦の末、招致に成功した。冬季スポーツ先進国のドイツ・ミュンヘンとフランス・アヌシーに63:25:7と圧勝した。

平昌招致の主役の多くが財界人だった。当時の大韓体育会長だった朴容晟(パク・ヨンソン)元斗山グループ会長(81)に最近会った。共に招致を成功に導いた故李健熙(イ・ゴンヒ)サムスングループ会長、故趙亮鎬(チョ・ヤンホ)韓進グループ会長は、この10年の間に他界した。朴元会長は「2人を見送ることになり本当に悲しかった」とし「新型コロナのため2年間はまともに顔を合わせることもできなかったが…」と言葉を続けることができなかった。

朴元会長は「ソウル夏季五輪招致委員会は先日、招致30周年をしたと聞いた」とし「平昌のことを話すとき『私たちは本当に冬季五輪を開催したのか』と感じる人が多いという話が本当に残念」と語った。

平昌五輪は韓半島(朝鮮半島)をめぐる国際関係情勢にも大きな影響を及ぼした。2017年まで当時のトランプ米大統領と金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長は一触即発の対立モードだった。状況は金委員長が2018年1月1日の「新年の辞」で、平昌五輪出席の意志を明らかにして急反転した。

金委員長の妹・金与正(キム・ヨジョン)現労働党副部長が訪韓し、平昌五輪の開会式で米国代表だった当時のマイク・ペンス副大統領の隣に座った。続いて南北は同年に3回、板門店(パンムンジョム)と平壌(ピョンヤン)で、米朝は同年6月にシンガポールで、翌年2月にベトナム・ハノイで首脳会談を行った。

朴元会長は「スポーツが世界の平和に寄与するというIOCと五輪の精神を最大化した」と意味を付与した。その一方で慎重に「南北関係関連のレガシーにばかり焦点が合わされるのはスポーツ人としてはやや残念な部分」とし「一国が冬季五輪まで開催するというのは、それ自体が偉大な遺産という点を記憶してほしい」と強調した。

エピソードも公開した。当時のジャック・ロゲIOC委員長の公式発表を数時間後に控えて、クウェート王子でIOC委員のシェイク・ファハド・アル=サバーハ氏が朴元会長を見て手で呼んだという。彼は朴元会長の耳元で「平昌が60票を超えた。圧勝おめでとう」と伝えた。朴元会長は当時の李明博(イ・ミョンバク)大統領に近づいて知らせ、一緒に喜んだ。当時、ミュンヘン招致に注力したのが現IOC会長のトーマス・バッハ氏だ。手強いライバルを相手に圧勝した韓国スポーツ外交の勝利だった。

かつて韓国政府が推進した2032年南北共同夏季五輪の招致にも李元会長の役割を期待する人たちが多かった。昨年死去した故朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル特別市長が代表的な人物だ。2032年夏季五輪の南北共同開催にはIOCも興味を示したという。しかしIOC側が数回連絡を取ったが、平壌(ピョンヤン)側は「関心がない」と一線を画したという。朴元会長は「南北が共同で開催すればよいが、現実的な状況も考慮する必要がある」とし「韓国の他の都市も今後可能性があるので挑戦してほしい」と話した。

関連記事

最新記事

    もっと見る 0 / 0

    포토뷰어

    「2032年五輪南北共同開催のためIOCが数回連絡、平壌が関心向けず」

    2021.07.06 09:47
    뉴스 메뉴 보기
    朴容晟(パク・ヨンソン)元大韓体育会長は「五輪開催はそれ自体が偉大な遺産」と強調した。 イム・ヒョンドン記者
    TOP