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【コラム】歴史わい曲防止法1号違反者ガンジー

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2021.06.22 11:13
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韓国現代史のわい曲を正すという趣旨でスーパー与党が発議した「歴史わい曲防止法」が国会で圧倒的多数で通過した。この法は5・18歴史わい曲処罰法の処罰対象と異なり、三・一運動などに対する事実わい曲、日帝強占期に韓民族の自由と独立のために自身を捧げた義士や烈士の業績わい曲を防止するための法だ。次はこの法がもたらす波紋と副作用を想像で構成してみた仮想のシナリオだ。

法通過直後、1号違反者としてマハトマ・ガンジー(1869~1948)が指定された。検察が捜査に着手して1週間ぶりにガンジーは起訴された。問題になったのはガンジーが書いた『勇敢なる日本兵士(BRAVE JAPANESE SOLDIER)』(Mahatma Gandhi E-book,vol 10)という短い論評だった。

 
ガンジーは南アフリカでインド人の地位向上のために闘争し、1909年7月10日から4カ月ほど英国ロンドンを訪問している間、伊藤博文(1841~1909)が韓国人に暗殺されたという一報を耳にした。この韓国人は安重根(アン・ジュングン)義士(1879~1910)だ。ガンジーはこの短評で2人を批判した。伊藤は隣の弱小国を侵略し、安重根は伊藤を殺して非暴力、すなわち愛の原理を破ったということだ。

ガンジーは論評で、日本についてロシアの血を味わった国として、勢力に陶酔した国として、そして刀を振り回したその刀で滅びる国として見て、叱責して崩壊を予想した。ガンジーの目に映った伊藤は勇敢な者だったが、「韓国を隷属させたのは彼が勇気を悪い目的に使った」(『真理と非暴力』)。

ガンジーは日本が西洋の方式を模倣して勢力を拡大すれば、弱い民族の韓国人を征服せざるを得なくなると語り、西洋文明が与える勢力が帝国主義をあおると考えた。ガンジーはこの論評を「人民の真の福祉を心から考える者なら、サティヤーグラハ(真理把持)の道に従ってのみ人民を導かなければならない」という言葉で締めくくっている。真理を掴むために、そして不正の勢力と戦うとき、それは非暴力で行わなければならないということだ。

安重根の加害行為に対するガンジーの批判にもかかわらず、韓国人が韓民族として生きていく限り、そして韓国のアイデンティティを日本との関係から見出そうとする限り、安重根は義士として記憶されるだろう。

死んだガンジーに対して韓国の捜査当局も公訴権はない。だがガンジーのあの論評に韓国人がうなずけば、彼は処罰対象になるのだろうか。

安義士の行為に対する韓国カトリック教団の評価も時代によって変わった。朝鮮天主教の責任者であったフランス人ミューテル大主教(1854~1933)はこれを殺人として断罪し、安義士を排斥した。83年後、1993年8月金寿煥(キム・スファン)枢機卿は追慕ミサのスピーチを通じて「安義士が独立戦争の過程で伊藤を殺害したことは、安義士の愛国であり、キリスト信仰に背かない正当防衛だった」とし「安義士の信仰と根拠は全く矛盾しない」と話した(朝鮮日報、1993年8月22日付、キム・ホンス)。

ガンジーの非暴力は厳正だった。インド人青年マダン・ラル・ディングラ(Madan Lal Dhingra、1887~1909)は1909年7月1日、ロンドンで英国役人を暗殺して逮捕された。ディングラは裁判で暗殺はインド独立のためだったと発言したが、英国法廷は死刑を宣告し、ディングラは8月17日に処刑された。ガンジーは当時、ディングラとその背後にいたインド人を辛らつに批判した。上記の論評を書くとき、ディングラ事件も心にあったはずだ。

ガンジーは生涯の初期からこの世の暴力を見ながらイエスの十字架犠牲を胸の奥深くに刻んだ。ガンジーが75歳に語った「クリスマスメッセージ」にこういう一節がある。「私たちは真理だと考え、正しいと見なすために他人を傷つけてはいけない。私たちは真理のために死ぬ準備ができていなければならない。…その真理を血で祝聖しなければならない。…イエスが真理と感じたことのために十字架にかけられた点を覚えておかなくてはならない」(『文明・政治・宗教』)。

枢機卿が「あなたは非暴力に隠れて独立に対する韓民族の熱望を正しく理解できていないようですね」とガンジーを批判すれば、ガンジーは「枢機卿はイエスの十字架基準を低くしましたね」と応酬するだろう。安義士は「2人とも自分の宗教と良心に従って発言したことなので、私は関与しない」と言っただろうか。私たちはこのように自由に対話しなければならない。

歴史わい曲防止法はこのような想像の対話さえ禁じ、あの論評が入った本は焼かれ、学者は葬られることになる。安重根は人が各自の自由を守ること(各守自由)を人間の常情と見た(韓国人安応七所懐)。国法が私たちの一人一人の宗教・良心・学問・表現の自由を抑圧するなら、安義士は「私がこのような国のために死んだのか」と憤然と起き上がるかもしれない。

ホ・ウソン/慶煕(キョンヒ)大学名誉教授

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