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世界の人々を泣かせた「ラーメン王」が永眠=韓国

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2021.03.29 09:15
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「ラーメン王」と呼ばれた韓国食品大手「農心(ノンシム)」の創業者、辛春浩(シン・チュンホ)会長が27日、亡くなった。92歳。

故・辛春浩氏は1930年12月、蔚山広域市蔚州郡三同面(ウルサングァンヨクシ・ウルジュグン・サムドンミョン)で生まれた。5男5女の三男だ。長男はロッテグループ創業者の故・辛格浩(シン・ギョクホ)ロッテ名誉会長だ。

故人は1958年、釜山(プサン)東亜(トンア)大学を卒業した後、兄の辛格浩氏を助けて製菓事業を始めた。故人は当時、日本で大きな人気を得ていたラーメンに注目した。辛格浩氏は時期尚早だとして反対した。だが、故人はロッテ工業を設立し、ラーメン事業に参入した。この時から兄弟間で葛藤が深まり、兄の辛格浩氏は弟に「ロッテ」という名称を使うなと言った。結局、1978年に社名を農心(ノンシム・農夫の心)に改めた。その後、農心は辛ラーメンやセウカンのようなヒット作を相次いで出し、屈指の食品メーカーに成長していく。2人の兄弟は絶縁し、祖先の祭事も別々に執り行ったという。ただし、辛格浩氏はラーメン市場への進出は自制した。

◆ラーメンが最高の「孝行息子」商品、海外の売上だけで427億円

故人は1965年ラーメン事業進出当時、「韓国でのラーメンは簡便式の日本とは違った主食にならなくてはいけない」とし「値段が安く、私たちの口に合い、栄養も十分な代用食であるべき」と強調した。故人は経営者であると同時に研究者だった。「自分が立ってこそ遠くまで行くことができる。韓国人に愛されるラーメンは私たちの手で作らなければならない」と言って、会社設立初期から研究開発部署を別に置いた。自らを「ラーメン屋」「スナック屋」と呼んで職人精神を注文した。

鍮器のうつわで有名な地域名に、祭壇に供える「湯(タン)」を組み合わせた安城(アンソン)湯麺や、ジャージャー麺とスパゲッティを組み合わせたジャパゲティ、幼い娘の発音からインスピレーションを得たセウカンなどの名称を作ったのも彼だ。特に1986年に発売した農心の力作「辛ラーメン」に深い愛着を示した。製品の名前に故人の姓である「辛」にちなんだ。故人が「自分の姓を利用してラーメンを売ろうというのではなく、辛いからわかりやすく『辛い』という意味の『辛』にしよう」と言って付けた名称だ。ほとんどの製品に社名が入っていた時期だった。辛ラーメンは1991年から国内ラーメン市場を席巻してきた。農心がラーメン業界1位になるために決定的な役割を果たした。昨年、辛ラーメンの海外売上は約3億9000万ドル(約427億円)で、農心全体海外売上の40%に達する。昨年米国ニューヨーク・タイムズは「辛ラーメン・ブラック」を「最高のラーメン」に選定した。

故人は遺族に「家族間の友愛を大切にしなさい」という遺言を残した。この日、農心側は昨年末最後の業務指示でも故人は「単に物を売ることだけに終わらず、偽りない最高の品質で世界の中の農心を育てなさい」とのメッセージを残したと伝えた。

葬儀室が用意されたソウル鍾路区(チョンノグ)ソウル大病院葬儀場にはこの日、小雨が降る中、弔問客の足が続いた。長男の辛東原(シン・ドンウォン)農心代表理事副会長(63)、長女の辛炫周(シン・ヒョンジュ)農心企画副会長、次男の辛東ユン(シン・ドンユン)栗村(ユルチョン)化学副会長、三男の辛東益(シン・ドンイク)メガマート副会長、末っ子のシン・ユンギョンさんとその婿の徐慶培(ソ・ギョンベ)アモーレパシフィック会長(58)らが葬儀室に控えていた。この日午前、宋容悳(ソン・ヨンドク)ロッテ持株副会長が葬儀室に訪れたほか、前日には辛格浩氏の娘である辛英子(シン・ヨンジャ)ロッテ福祉財団元理事長が訪れて故人を哀悼した。

◆日本滞在中の辛東彬ロッテ会長は謹弔花輪

また日本に滞在中で、辛格浩氏の息子であるSDJコーポレーションの辛東主(シン・ドンジュ、重光宏之)会長とロッテグループの辛東彬(シン・ドンビン、重光昭夫)会長は謹弔花輪を送った。故人は昨年1月から体調が思わしくなく、辛格浩氏の葬儀室を訪れることができなかったため、息子の辛東原氏と辛東ユン氏は弔問していた。半世紀以上続いた農心家とロッテ家の長年のわだかまりが解けつつあるのではないかとの観測も出ている。

囲碁棋士のチョ薫鉉(チョ・フンヒョン)九段はこの日午前に葬儀室を訪れた。チョ九段は普段から農心を頻繁に訪問し、囲碁愛好家である故人と囲碁を楽しんだという。今年で22回目を迎える「農心辛ラーメン杯」世界囲碁大会は「中国の囲碁の熱気を辛ラーメンの認知度につなげる方法を考えよ」という故人の注文から始まった。

SKグループの崔泰源(チェ・テウォン)会長は日が暮れてから弔問に訪れた。崔氏は故人の三男辛東益氏と信一(シンイル)高校・高麗(コリョ)大学の同期だ。崔氏は「故人とは私が高校生の時によくお会いした。間違いを犯して、叱られた記憶がある。亡くなられて非常に残念」と話した。拘束状態のサムスン電子の李在鎔(イ・ジェヨン)副会長は弔花を送った。

故人は死亡前、ソウル大学病院に10億ウォンを寄付した。故人は最近5年間、1週間に2回通院しながら透析を受けていたが、医療スタッフの誠意に感動して謝意を表現したものだったという。

葬儀は4日間行われる。30日午前5時に出棺後、ソウル龍山区漢南洞(ヨンサング・ハンナムドン)の自宅に立ち寄った後、午前7時に農心本社で告別式が執り行われる予定だ。

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    2021.03.29 09:15
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    農心(ノンシム)の役職員と、1982年、カップラーメンの新商品を味わっているの辛春浩(シン・チュンホ)会長(中央)。辛会長は1965年ロッテ工業を創業し、ラーメン事業に参入した。[写真 農心]
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