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【コラム】国家主義vs民族主義、歴史が戦争になった=韓国(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2020.08.26 14:29
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◆歴史とは何か

我々の歴史の暗い側面を表すことを国家主義者は日本の右翼に従って「自虐史観」と呼ぶ。NL民族主義も自らの黒歴史にはあえて目を閉じる。国家主義者は「国家」の名でいかに多くの良民が虐殺されたのか見なければいけない。民族主義者も「民族」を解放するという戦争でいかに多くの良民を犠牲にしたかを見なければいけない。

歴史は国家を偉大に、民族を偉大にする美化作業ではない。歴史は被抑圧者が受けた苦痛の真実の記録であり、主権者の「市民」の目で国家と民族の業績と過ちを審判する作業でなければいけない。両勢力ともに南と北でその誇らしい国家と民族の名で過酷な「独裁」が行われてきたという事実を直視する必要がある。

両極端の戦いは国を解放戦後史に戻す。一方は存在もしない従北左派探しに乗り出した。「大韓民国を金正恩が動かしている」。別の一方では存在もしない土着倭寇の清算に乗り出した。「土着倭寇が国を蝕んでいる」。妄想に陥った多くの人々を犠牲にした先祖の誤謬をそのまま繰り返す。

そのように歴史を明らかにしながらそこで学んだことはないということだ。歴史は記憶を組織する問題だ。対話と討論で到達した合意の上で国家共同体の記憶を共有する作業だ。しかし国家主義も民族主義もどっちみち全体主義思想だ。互いに殺すよう戦いながらも相手を絶滅の対象とする軍事主義マインドだけは仲良く共有する。

◆親日清算作業

「親日反民族権力が掌握してきた時代を終了させるのが我々がやるべき歴史的義務だ」。金元雄会長の言葉だ。一人ですればよいことをなぜあえて「我々がやるべきこと」にするのか。解放された年に生まれて現在75歳。親日派がいったいどこにいるのか。歴史的な義務はあるが清算する親日派がいないため、墓地から死んだ親日派でも掘り起こさなければいけないということだろう。

彼は維新政権と第5共和国政権のために働いたことがある。しかし「親日反民族独裁政権が掌握してきた私の人生を終了させるのが私がやるべき歴史的義務」とは言わない。ただ「生計」のためにしたことだったという弁解だ。その彼が親日が染みついているとして愛国歌を捨てろという。

安益泰が親日をしたのは事実でも、愛国歌は彼が親日をした時期に作ったものではない。愛国歌は韓国戦争当時に国軍の兵士が歌ったもので、5・18光州(クァンジュ)市民抗争で市民軍が歌った。愛国歌を愛国歌にしたのは民衆だ。そこに愛国歌の正統性があり、この歴史においては彼に尊重される権利がある。

光復節が建国節になり、8月15日の光化門(クァンファムン)に日章旗まで出てきた。光復節記念で光復会長が愛国歌を廃棄しようという。それなら自分たちだけの愛国歌を制定すればよい(彼の個人的な愛国歌として『竹槍歌』はどうか)。国家と民族の名で自分たちの歴史を無視された「市民」にとってこの状況はあきれるしかない。みんな狂っている。

陳重権(チン・ジュングォン)/元東洋大教授 【コラム】国家主義vs民族主義、歴史が戦争になった=韓国(1)

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