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【コラム】サムスン電子の株式分割と李在鎔副会長の運命

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2020.07.08 13:46
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検察の捜査審議委員会が李在鎔(イ・ジェヨン)サムスン電子副会長の事件に対して不起訴および捜査中断を勧告したことを受け、2018年2月1日のハンギョレ新聞の記事が思い浮かんだ。この記事はサムスン電子株の50:1額面分割について「裁判所の判決を控えて準備されたカード」とし「皇帝株を国民株に変えて裁判所と一般国民に良いイメージを与えようとするものだ」と報道した。2年5カ月後を眺めた驚くべき洞察力だ。

当時、サムスン電子株は240万-250万ウォンと、一般投資家が接近するのが難しかった。外国人(53%)、オーナー一家(20%)、国内機関投資家(17%)と比較して、個人の持ち株比率はわずか3%だった。国民年金(株ち株比率9.7%)は議決権行使を強化しようとした。この記事は「サムスンが株式分割で個人投資家を引き込み、外部の経営干渉に対抗して『李在鎔責任論』から抜け出すことを期待している」と分析した。

しかし予言は容易には実現しなかった。分割後にも半導体特需で株価が5万-6万ウォン台で推移し、個人は買うのをためらった。年初に新型コロナ事態で劇的な反転が生じた。個人が4万ウォン台序盤まで値下がりしたサムスン電子株を買い始めたのだ。今年に入って個人のサムスン電子買い越し額は8兆8660億ウォンで圧倒的1位だ。少額株主が5倍も急増し、まさに「国民株」となった。

サムスンバイオロジクス事件は専門家の間でも意見が分かれる。金融委と証券先物委・金融監督院などは「粉飾会計」と整理したが、韓国公認会計士会と韓国会計学会は「新しい国際会計基準(IFRS)に合わせてまともに処理された」という立場だ。当然、一般の人はどちらが正しいのか分かりづらい。このため最初から事態は政治的な世論戦となった。

検察は1年7カ月間に430回ほどの召喚調査、50回以上の家宅捜索を通じて世論戦をした。2つの絶対武器で恥をかかせ、破廉恥犯罪に向かわせた。一つは相続税61億ウォンだけを出してサムスングループを引き継いだという以前からの論理だ。もう一つはサムスンバイオを家宅捜索し、工場の床に隠されたコンピューターサーバーを見つけ出したということだ。大変なスモーキングガンを発見したように声を高めた。

しかし最近、ポータルサイトのコメントを見ても、社会の雰囲気は検察の期待とは反対に流れている。進歩メディアの記事には依然として「お金の力は恐ろしい」「やはりサムスン共和国」のようなコメントが書き込まれるが、これは少数だ。大半の記事には「李副会長を放っておくべき」「これほど長く調べても逮捕状が棄却されて不起訴勧告が出る。もううんざりだ」というコメントが多い。以前なら「サムスンが書き込み部隊を作ったのか」という陰謀説が広まっていたかもしれない。しかし最近、証券街では「個人投資家が李副会長の護衛武士になっている」と話す。書き込みに20代・30代の感性が表れているのも個人投資家の作品ということだ。経営が安定してこそ株価が上がると信じているのだ。

実際、サムスン電子の株式分割は諸刃の剣だった。オーナーの立場では個人株主が少ないほど有利だ。外部の圧力を強く受けないからだ。サムスン電子も直前の株主総会まで「株式分割は考慮していない」という立場を維持した。しかしサムスンは分割という劇薬処方で最悪の反企業情緒と孤立から抜け出す雰囲気だ。逮捕状は棄却され、不起訴・捜査中断勧告まで勝ち取った。検察は起訴のためにあらゆる手段を考えている。先月の逮捕状担当判事の決定文は「被疑者を拘束する必要性および相当性に関しては(検察の)疏明が不足する」という棄却事由が核心だ。それでも検察は「被疑者の責任の有無は裁判の過程で決定するのが妥当だ」という部分を抜粋して重視する。検察は「李副会長が逮捕された当時、株価がさらに上がった」というカードも取り出した。しかし営業利益50兆-60兆ウォンという当時の半導体特需に言及しなかったのをみると、個人投資家の反発を和らげようという意図ではないかと疑われる。

検察が近く李副会長を起訴するかどうかを決める。捜査審議委は検察の起訴乱用を防ぐために文在寅(ムン・ジェイン)政権が用意した装置だ。とはいえ、勧告は勧告にすぎないと一線を画している。こうした雰囲気から見ると、検察が無理に起訴する可能性も排除できない。不起訴なら無理な捜査だったことを自認するという恐れもちらつく。しかし無理な起訴で無罪判決が出ればさらに大きな災難だ。

最近、多くの事件がすべて政治的事案に変質している。すぐに与野党と市民団体が声明を出す。検察も無罪や執行猶予判決が出ればとにかく控訴するのが公式のようになってしまった。検察側の費用は血税で充当されるが、相手は弁護士の費用が負担になり長期間の苦痛が伴う。一種の司法的リンチだ。いつのまにか検察の起訴や三審制など我々の司法手続きは、公正な裁判と訴訟当事者の利益保護という本来の目的が蒸発し、政治的反対者を苦しめる手段に変質したのではと疑われている。法で保護されるべき社会が法で苦痛を与える国は法治国家ではない。おかしな国だ。

イ・チョルホ/中央日報コラムニスト

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