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2004年慰安婦被害者33人「挺身隊対策協議会、私たちを物乞いに売った悪党」

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2020.05.18 07:32
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不透明な団体運営および会計不正の疑惑に巻き込まれた正義記憶連帯が過去にも事実上同じ理由で慰安婦被害者らの激しい批判を浴びた事実が一歩遅れて知らされた。

正義記憶連帯が前身である韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)で活動した2004年のことだ。当時も被害当事者らが直接問題を提起した。その内容も「寄付・基金などが集まればおばあさん(被害者)に使うべきなのにおばあさんに使ったことがない」「(水曜集会に)参加した生徒たちが出した寄付金はどこに使われるのかもわからない」という7日李容洙(イ・ヨンス)さんの記者会見の内容とほぼ似ている。

2004年1月シム・ミジャさんなど慰安婦被害者33人は「慰安婦を二度泣かせた挺対協、門を閉めろ」というタイトルの批判声明を発表した。被害者らが直接立ち上げた別途の慰安婦被害者の集い「世界平和ムクゲの会」の声明だった。

彼女らは「(挺対協が)慰安婦被害者にとっては大きな支えとなっているように見えるが、これはすべてが虚構であるだけ」としながら「実際は慰安婦被害者を売って自分たちの実利だけを得てきた人々の集団」と主張した。

33人の被害者らは2つの問題を提起した。挺対協が▼「慰安婦被害者の人権回復」とは正反対の道に進んでいる▼慰安婦問題を口実に自分たちの富貴と栄華を享受しているということだ。被害者らは「(挺対協は)慰安婦おばあさんを二度泣かせた」「いつ死ぬか分からない慰安婦被害者を歴史の舞台に物乞いとして売り、腹を肥やしてきた悪党」という表現まで使った。

また、挺対協からむしろ人権を蹂りんされたとして尹貞玉(ユン・ジョンオク)元挺対協代表の発言を強く非難した。尹元代表は1997年あるセミナーで「アジア女性基金を受け取れば公娼になる」と発言したことがある。これを受け、被害者らは「私たちが少しでも若かったとすれば、口を罰して自由に話せないようにしたい」と怒りをぶつけた。

また「慰安婦被害者のためだとして全国各所で手を広げて募られた寄付や募金額が全部いくらか。その多くのお金をいったいどこに使ったのか」として「国民は寄付金が私たちに渡されたと知っているが、私たちはあなたたちが集めた寄付や募金で恩恵を受けたことがない」と強調した。さらに「「国民の懐の有り金を今すぐ洗いざらい出させるよう求めている」と明らかにした。

この声明には挺対協出身であるイ・ミギョン前議員(現KOICA理事長)とチ・ウンヒ元女性部長官の名前も登場する。イ元議員は挺対協広報委員長を務め、チ元長官は1998年挺対協共同代表だった。

特に、被害者らは声明発表当時在任中だったチ・ウンヒ元長官に具体的に言及し、「長官になってから挺対協と仕組んで3億ウォンの国庫を流用したり横領したりした事実を果たして盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は知っておられるか真に気になるばかりだ」ともした。

声明発表2カ月後にはシム・ミジャさんなど被害者13人が挺対協とナヌムの家を相手に「募金行為およびデモ動員禁止仮処分」申請を出した。しかし、裁判所はこれを棄却した。

このような事実は当時大きく注目されなかった。しかし、正義記憶連帯をめぐる論議が広がり、李容洙さんの記者会見の内容とほぼ同様の「ムクゲの会」の被害者らの批判が再び注目を集めている。

一方、ムクゲの会の会長を務めていたシム・ミジャさんは2004年11月、日本最高裁判所で初めて「旧日本軍慰安婦」であることを認められた被害者だ。2008年亡くなった。挺対協の尹美香(ユン・ミヒャン)前代表は2004年当時挺対協事務総長を務め、翌年2月からずっと常任代表を引き受けた。

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    2020.05.18 07:32
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