【コラム】「批判はするが相手の視点も考慮する度量を備えよ」…韓日関係の舞台裏60年、崔書勉の忠告(2)
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2020.04.30 16:08
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安倍首相の祖父、岸信介元首相(中央)と一緒の崔書勉氏。[中央フォト]
#3.当時の韓日の指導者間の相互配慮の深さを示すエピソードがある。1974年11月、賄賂スキャンダルの余波で田中角栄首相が辞任した。日本国内はもちろん、海外でも次の首相は福田赳夫氏になると信じて疑わなかった。ある日、崔書勉の知人が訪ねてきた。「3日後に発表されるが、三木武夫が後任首相に指名されるだろう」と教えてくれた。椎名副総裁主宰で開かれたごく少数の会議の結論だった。これを椎名裁定と言う。この席に参加した崔書勉の知人が極秘事項を事前に知らせた理由はこうだった。
当時、金大中拉致事件などの影響で朴正熙大統領の維新体制に対する日本の世論が極めて悪かった。(リベラル系の)三木が首相になれば韓日関係がさらに悪化するだろうという予想が広がっていたが、これを事前に知らせて韓国政府が対策を立てられるようにするためだった。崔書勉はすぐに韓国に連絡し、朴大統領は世界で最も早く三木首相内定の事実を知ることになった。崔書勉と親交が最も深かった福田は、結局2年後に首相になった。崔書勉を媒介に、朴正熙-福田間の深い信頼関係が構築され、朴正熙暗殺事件まで韓日関係は順調だった。
今の視点では信じがたいことが1970年代の韓日関係の舞台裏で行われていたわけだ。崔書勉院長の口述を採録した静岡県立大学の小針進教授に電話で話を聞いた。