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キム・ヨナのバンクーバー金から10年…浅田真央はまだリンクを離れていない

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2020.02.27 10:10
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10年前の2010年2月26日、キム・ヨナが韓国歴史上初めてフィギュアスケートで金メダルを獲得した。カナダ・バンクーバーで2010年に開かれた冬季オリンピック(五輪)だった。キム・ヨナがジョージ・ガーシュウィンの音楽に合わせたフリースケーティング・プログラムをノーミスで終えて喜びの涙を流したとき、もう一人の選手は挫折の涙に濡れた。キム・ヨナの宿命のライバル、浅田真央だ。あれから10年、浅田はどのように過ごしているだろうか。

キム・ヨナが韓国で女王のような人気を享受したように、浅田も日本では老若男女を問わず広く愛された。まっすぐな模範生のイメージに、一生懸命努力して磨きあげたトリプルアクセルのテクニックで、日本女性フィギュア界の代表走者だった。日本を越えて、世界的にも浅田の五輪金メダルは「獲得間違いなし」といった雰囲気だった。キム・ヨナが登場するまでは。

 
米国五輪中継代表チャネルNBCの解説者は、バンクーバーの浅田のプログラムを解説しながらこのような言葉を残した。「ユナ・キム(キム・ヨナ)と浅田は年齢も同じで素晴らしいスケーターという点でも全く同じだ。私が浅田なら本当に悔しいと思う。よりにもよってユナと同じときにスケーターとして滑るということが」。

メンタル管理が弱いという評価を受けた浅田は、結局キム・ヨナにおされて銀メダルに終わった。優しい模範生イメージにふさわしく、授賞台2番目の位置に立ちながらも微笑みを失わなかった浅田だったが、目からは今にも涙がこぼれそうだった。

とりわけオリンピックは浅田に容赦なかった。バンクーバー4年後のロシア・ソチ五輪で浅田は雪辱を誓った。だが、やはりあまりにも大きなプレッシャーのためだったのか。先に滑ったショートプログラムで数回転倒してしまった。浅田のような選手には致命的だった。フリープログラムでいくら良い点数を取ってもメダル圏には手が届かなくなってしまった。10位にも入ることができないという見通しも出てきた。

かえってそれで気が楽になったのだろうか。浅田は明るい表情でフリープログラムに登場して、思う存分演技してみせた。演技が終わった後、大粒の涙を流した。浅田をずっと取材してきた共同通信のある記者は、当時ソチ現場で「私が今まで取材した浅田の演技の中で今日が最高だった」とし「日本の記者はほとんど皆、浅田と一緒に泣いた」と伝えた。浅田は総合6位でソチ五輪を終えた。次の平昌(ピョンチャン)にも出場意志を見せたが、後輩に道を開けるべきだという日本スケート界の圧迫などにより出場を断念。

2017年、浅田は引退を宣言する。2017年4月12日に開かれた引退記者会見は大変な熱気だった。430人を超える日本内外信取材陣が詰めかけた。浅田は引退にあたり、「『平昌オリンピックに出る目標をやめてしまう自分が許せるのかな? 許せないのかな?』って思いながらずっと過ごした」とし「すべてやりきって、もう何も悔いはない」と笑ってみせた。

キム・ヨナに対する質問も当然出てきた。浅田はキム・ヨナについて「15歳、16歳ぐらいの頃からシニアの試合だったり、ジュニアの試合だったり、一緒に試合に出てきた」とし「お互いに良い刺激をもらいながら、スケート界を盛り上げてきた」と話した。

引退後はしたものの、浅田はまだリンクを離れてはいない。アイスショーなどに出演しているが、そんな浅田を各放送局は解説者として迎えようと競争を繰り広げた。浅田は、引退記者会見ではスケーターにならなかったら「食べることが大好きなので、ケーキ屋さんとか、カフェとか、レストランだったり、そういうことをやっていたのかなって思う」と話していたが、まだ関連の便りは聞こえてこない。その代わり、浅田はマラソン大会に出場して、相撲競技の観覧席でキャッチされてもいる。

浅田は引退後のほうがむしろスケートが良くなっているようだ。昨年、朝日新聞との単独インタビューで、浅田は「アイスショーを始めて『ああ、幸せだな』と初めて思えるようになった」とし「1人でリンクに立っていた時とは違い、他の選手たちと一緒に、チームでアイスショーを作り上げていくのが幸せ」「以前は感じられなかった楽しい、悲しい、むかつくなどいろんな感情があふれてくるようになった」などと話した。

2011年東日本大震災被害地域だった福島などの地域に赴き、ボランティア活動もずっと続けている。本人が直接行ってボランティア活動をしたり、自身のアイスショー関連グッズの収益の一部を復興資金として支援したりしている。

浅田は生まれ変わってもスケート選手になりたいだろうか。朝日新聞のインタビューで浅田は否定した。「やりません。やりませんです」と繰り返しながらだ。浅田は「生まれ変わっても、もう1回やりたいとは1%も思わない。そのくらい、この人生で、悔いなくスケートをやりきろうと思っている」と話した。

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