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仁川の旧三菱社宅、「凶物は撤去を」「近代文化財の保存を」

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2020.01.08 07:39
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京畿道水原市古索洞(キョンギド・スウォンシ・コセクトン)にはマンション10階の高さ(25メートル)の非常に長い一つの煙突がある。1960年代に建てられたとされるレンガ工場「永新煉瓦」だ。工場は1980年代閉鎖されたが、レンガを焼いていた窯跡と野積場、倉庫、労働者宿舎など過去の姿はそのまま残っている。住民たちはここが「水原に残っている唯一の初期産業建築物」と話す。

だが、永新煉瓦は撤去される危機に置かれている。この一帯で古色地区に対する都市開発事業が推進されてからだ。水原市関係者は「永新煉瓦を保存する方針を検討したが、開発を推進する組合が美観を害し開発の障害になり得ると反対しており苦心中」とし「保存する必要があるという意見も多く、記録化作業など代案を検討している」と話した。

このような扱いを受ける近現代建築物は永新煉瓦だけでない。「古い」という認識と「歴史的意味があると保存しなければならない」という意見もぶつかって所々で論議を呼んでいる。

仁川市富平洞(インチョンシ・プピョンドン)にある三菱「チュル社宅」が代表的だ。1938年弘中商工が労働者の宿舎として建て、1942年三菱製鋼が買収した。社宅が列をつくっているということから細長い列を意味する「チュル」をつけて「チュル社宅」と呼ばれた。それから順に撤去されて現在は6棟が残っている。住民たちは凶物として撤去を求めているが、学界では日帝強制労働の痕跡を保存しなければならないという主張が出ている。結局、富平区は4棟は撤去して残りの2棟は活用する方針を探っている。撤去される社宅の一部棟を実測調査した後、記録化報告書を残して他の場所で復元する案を検討中だ。

すでに消えた建築物も多い。

昨年5月には慶南昌原市(キョンナム・チャンウォンシ)で1938年に建設された日本式家屋である「イ・エスク家屋」が取り壊された。その敷地には5階建ての店舗が建てられる予定だ。昨年11月には1974年から木船建造と修理に使う鉄製釘などを作っていた鍛冶屋である新日鐵工所が撤去された。

近現代建築物が消える理由は主に開発論理だ。古くなった建物を維持するより新しい建物を建てるのが経済的に利益になるためだ。個人所有の建築物に対しては歴史的意味があっても地方自治体などが撤去問題に介入する名分がない。

一部の地方自治体は個人所有の建物を買収して復元する場合もある。1923年に建設された水原市の富国園は朝鮮戦争(韓国戦争)以降検察の臨時庁舎、水原教育庁などに活用された。その後、撤去危機に置かれると水原市が買収して復元した。仁川市は地方自治体の登録文化財に登録して保存・活用する案など条例の改正を通じて地域の文化財を守ることに取り組んでいる。

地方自治体が先に近現代建築物の管理に出る必要があるという指摘の声も市民団体から出ている。彼らは「地域内近現代建築物を把握して保存する価値がある建物は積極的に管理しなければならない」と主張する。

仁川都市公共性ネットワークのミン・ウンギ幹事は「近現代建築物は都市のアイデンティティを構成して地域構成員間コンセンサスを形成する重要な要素」として「これを文化財に登録して現場を保全するのが最善だが、現実的に難しければ住民・専門家の意見を収れんして最大限保存する案を探る必要がある」と主張した。仁川才能(ジェンヌン)大学室内建築学科のソン・チャンウォン教授も「撤去後、他の場所に復元する案は容易ではなく、その価値が下がるしかない」とし、「博物館に保存するよりは住民たちに溶け込むことのできる方向に向かうのが歴史的価値に合うだろう」と話した。

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    仁川の旧三菱社宅、「凶物は撤去を」「近代文化財の保存を」

    2020.01.08 07:39
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    三菱「チュル社宅」(左)は1938年、日本軍需工場に強制徴用された労働者が暮らしていた合宿所だ。建物が列をつくっており「チュル社宅」と呼ばれた。[写真 富平区庁]
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