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<韓国の長寿ブランド>中年になった「セウカン」

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2019.09.29 12:23
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「ソニガヨ、ソニガ、セウカンエソニガヨ」(手が出る、手が出る、セウカンに手が出る)。

韓国人ならばだれでも1度ぐらいは口ずさんだ記憶があるCMソング。農心(ノンシム)の「セウカン」の広告テーマ曲だ。セウカンは1971年生まれの亥年だ。同年12月に発売されたセウカンは今年48歳の中年となった。だがセウカンは半世紀近く最高のスナックとして人気を集めている。2019年上半期基準でセウカンの累積販売量は81億袋を超える。依然として年間700億ウォンの売り上げでスナック菓子市場をリードしている。韓国最長寿スナックブランドのセウカンについて調べてみた。

◇韓国初の「スナック菓子」の誕生背景は

71年当時、韓国製菓会社はビスケットやキャンディ、乾パンなどを主に生産していた。この時期にはスナック菓子に対する認識すらなかった。農心は飽きず、やわらかく、安い価格で子どもから高齢者に至るまでだれでも手軽に食べられる製品なら成功の可能性があると判断した。スナック菓子という負担のない形式とエビというなじんだ味を結合する試みがこの時始まった。

代表的な間食だったトウモロコシやコメのポン菓子などに着眼し、原料を香ばしく揚げれば商品化が可能だという計算もあった。

農心研究院は1年間にわたり手軽なスナック菓子研究に没頭した。開発に使われた小麦粉の量は4.5トントラック80台分に達した。1970年代初期の経済状況を考慮すればとてつもない量だった。大量の小麦粉が投入されたのは試作品を作る過程で揚げる温度が適切でなく焦げてしまう過程が繰り返され、食べるのに適当な強度を維持するための強度実験が数百回にわたり行われたためだ。セウカンは油で揚げる製品ではなく、熱を加えた塩に生地をのせて焼くパーチング工法が採用された。当時としては初めての革新的な技術と味は消費者の食欲を撃ち抜いた。

◇「セウカン」の名前はだれがどのように作ったか

セウカンは農心創業者である辛春浩(シン・チュンホ)会長の最初のヒット作だ。辛会長はセウカンの研究・生産・開発まで直接指揮した。セウカンというブランドネームも辛会長のアイデアだった。新製品の名前として、「セウスナック」「セウティバプ」「セウポン」などが候補に上がったが採択されなかった。当時農心社長だった辛会長は幼い娘が「アリラン」を「アリカン~アリカン~」と歌っていたことからヒントを得た。幼い娘が間違って発音した「アリカン」から「アリ」を取り「セウ(エビ)」を付けたところ妙にぴったりだったのだ。辛会長はセウとカンを結合してセウカンという名前を付けた。セウカンというブランド名は消費者に親しみを持たれた。

「カンパプ」「カンボリパプ」などから取った「カン」という言葉が素朴で身近なイメージのためだ。発売初年度にセウカンの生産量は20万6000箱だったが、翌年には20倍に増え425万箱が生産された。ソウル・大方洞(テバンドン)の農心工場には製品を運ぶために地方から来たトラックで長蛇の列ができたりもした。

セウカンは農心を代表する菓子としての象徴性も大きい。セウカンの広告には多くの当代のトップスターとアイドルが登場した。71年に初めて発売してから制作したセウカンの広告には喜劇人キム・ヒガプ(故人)が出演した。その後、ソン・ヘ、S.E.S、イ・ジョンソクら20人以上のスターがセウカンの広告モデルとして活躍した。「ソニガヨ、ソニガ~」というCMソングは88年から現在まで使われており、CMソングの代表的成功事例のひとつと評価される。

◇国民的スナック菓子セウカンの未来は

「国民的おやつ」のセウカンはいま70カ国以上に輸出されるグローバルなスナック菓子としての地位を確立しつつある。50年近く続いたブランドパワーを認められ世界最大のオンラインショッピングモールである中国のタオバオモールにも出店した。また、米国代表オフライン流通会社のウォルマートでもセウカンが売れている。「生まれて初めて出会い一生楽しむ」というセウカンのモットーは現在まで続く。セウカンはミレニアル世代との疎通を通じ全世代の消費者を合わせるための努力も継続する。SPAブランドや文具製品とのコラボ新製品を発表したりもした。

農心関係者は「セウカンのブランド価値の核心は顧客と信頼にある。100年が過ぎても愛されるスナック菓子になるビジョンを持っている」とした。

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    <韓国の長寿ブランド>中年になった「セウカン」

    2019.09.29 12:23
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    1971年の発売当時のセウカンの広告[写真 農心]
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