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【時論】20代・30代、その理由ある反抗=韓国

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2019.09.02 12:03
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「あなたたちが私を引き裂いています」(you’re tearing me apart)。

1950年代の反抗のアイコン、ジェームズ・ディーンが主演した『理由なき反抗』(Rebel without a Cause)で、彼は親に向かってこう絶叫した。大人に対する子どものこうした反抗は理解するのが難しかった。映画の題名のように理由が不明であるからだ。

最近チョ・グク法務部長官候補に対するいくつかの疑惑で20代、30代(以下、2030)の若者の怒りがオンラインから大学街のオフライン集会に拡大している。茶碗の中の台風で済ませるには「火力」がかなり強い。2030の怒りに対するチョ候補の態度も、586運動圏世代の親与党陣営の反応も、発火した怒りに油を注いだ。

軍部独裁の巨人を倒した586世代(現在50歳代で、60年代に生まれ、80年代に民主化運動に参加した元学生)の目に、2030の怒りには理由がないように見える。しかし30年前の自分たちと同じように2030の怒りには常に理由がある。それも正当な理由が。今の2030は3年前の国政壟断事態当時も同じように怒った。586が考えるように「当時は正しく今は間違っている」とは見なしにくい。

ところが2030の怒りは数十年前の過去とは異なる様相だ。集団の怒りの凝集がいわゆる「運動圏」と呼ばれる中心勢力(core)に主導されたのではなく、中心勢力の外の非運動圏(satelite)で自生的に進んだという点だ。このような変化は「y世代とz世代」と呼ばれる30代および20代の心理的特性に見いだすことができる。

2030の対人関係の様相はオフラインとオンラインで異なる。オフライン上で「多者間(multilateral)」や「二者間(bilateral)」交流でなく、独り飯や独り酒に代弁される「独り(unilateral)」の文化に慣れている。半面、オンライン上では「求心型ネットワーク(centripetal network)」を通じた多角的交流を積極的に活用する。一部では「自己中心的で社会共同体に関心がない」という批判があるが、過去の世代に比べて「価値観がはっきりしていて、それだけに自己主張が明確であり合理的」だ。すなわち586世代が「公利性」を最優先の価値とする半面、20代・30代は「個人的価値」を優先視する。ここで両世代間にずれが生じる。586世代は公利性を優先視するため談論が抽象的で巨大だ。このためより教条主義的で上意下達式の陣営論理文化に陥没し、公利の実事求是という面で脆弱性を見せたりする。

半面、2030は「個人主義的合理主義」にその根を置く。個人的な価値を優先するように見えるが、自らを独立的な個人ではなく共同体構成員としての個人と認識する。したがって自身の価値だけでなく他人の価値も同一線上で尊重する。

また世の中を眺める観点が「古典物理学」より「量子力学」に近い。物質全体に集中するよりは粒子に集中する。したがって多様な「粒子」の意見を容認し、社会的公利も「自己中心的公利主義」に昇華する。このため実用的であり剛健だ。今回の集会に見られるように「誰か」に主導されるよりも「全員が誰か」であるアテネ式談論に慣れている。そのため凝集力は相対的に落ちるが、陣営論理が入り込む空間が少ない。

マックス・プランクが「科学は葬式ごとに進歩する」と言ったように、時代の価値観は反対陣営を説得して変遷するのではない。従来の価値観が舞台から退場して新しい価値観がこれに代わりながら歴史は一歩進展する。ジェームズ・ディーンが優柔不断な父の姿に反抗して離れていったように、ナタリー・ウッドが訓戒ばかり垂れるの父に反抗して家を出た旅程のように。

もしかすると時代の精神は586の功罪を実録に移して2030で新しい代案を見いだす旅程を始めたのもしれない。

クァク・クムジュ/ソウル大心理学科教授

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