【時視各角】短刀として戻ってきた朝鮮の「積弊技術」
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2019.06.21 14:06
随筆家の皮千得(ピ・チョンドク)先生はこのように書いた。「愚者は縁に巡り合ってもそれが見えず、凡人は縁だと思いながらも見逃し、賢者は襟をかすめただけで縁を生かす」。何も縁だけのことだろうか。手に持ってきた機会を機会であることすら分からずに、逃した後に逆にもっとひどい目にあった愚かさを歴史は記録する。
1543年、日本九州南端の種子島の島主・時尭は漂着した中国商船に乗っていたポルトガル船員からマスケット銃(火縄銃)2挺を購入した。対価は銀2000両。今の価値に換算するとおよそ数億円になる。当時の物価水準で兵士200人を1年間維持できるお金だ。辺境の島主はどうしてこれほど多くの銀を持っていたのだろうか。