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【中央時評】韓国、まだ清算されていない路上の植民地(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2019.02.08 09:29
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プランジャ。五車書の読書では意味を知るすべがない。辞典の編纂に人生を捧げても分かり得ない。油まみれの現場用語だからだ。マフラ、ショバ、セルモダが家族の一員だ。故郷ではそれぞれプランジャーポンプ、マフラー、ショックアブゾーバー、セルフスタートモーターだった単語だ。ところがなぜこのようなみすぼらしい格好で異域の薄暗い「タマ」、いや電球の下を徘徊(はいかい)することになったのだろうか。

日本明治時代、哲学者は見慣れない西洋抽象概念を悪戦苦闘しながら翻訳していった。正義・民主・社会など。しかし、後から自動車にくっついて入ってきた機械部品用語は輸入後放置され、日本整備工の好みに合うように変態した。その単語が自動車とともに植民地に移植された。その終わりに単語なのか文章なのか、不思議なものが一つくっついている。オーライ。

日帝時代の都市写真には新しく作った広い新作路を疾走する黒い乗用車が登場する。乗用車の後部座席には総督府の官吏が乗ったにちがいない。その後は親日派として断罪される予定の朝鮮人だったかもしれない。一言でまとめれば権力者だ。車窓の外でホコリをかぶって歩くのは、汚らしく情けない朝鮮人の民衆だった。新作路は権力の非対称空間だった。

光復(解放)後も乗用車は権力の表現と身分の象徴として残った。道路は依然として高位にある人々の疾走空間だった。韓国の道路に染み込んでいる不公平な出生の秘密が、連続ドラマの最終回ではなく日常で露骨に現れる。リリリーン、リリリーン、道を開けてください。自動車が出てくると自転車まで傲慢だった。あそこを行くあの人、腰の曲がったご老人、まごまごしていては大変なことになりますよ。老弱者だろうが何だろうが、歩行者は車輪の前を退け。下がれ下がれ。

韓国都市の車道維持状態は先進国でも最上位級だ。ソウルの幹線車道は全体が朱雀大路だ。しかし歩道の風景は根本未詳国家の都市と特に違わない。煩雑な構造物が広がった地雷畑で、道路の舗装状態は白頭山脈だ。オートバイが疾走して自動車とギリギリのところで触れ合う。自転車は車に分類すると言いながら、自転車道路は歩道に描いておく。冬に雪が降れば夜中の車道に塩化カルシウムを巻く。すべて税金だ。しかし「お前たちの家の前の歩道の雪はお前たちが片づけろ」と啓蒙文面の勢いだけはいい。片づける者がいない雪に覆われた歩道で転んだおばあさんの治療費を地方自治体が責任を感じて代納したという美談は聞こえない。
【中央時評】韓国、まだ清算されていない路上の植民地(2)



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