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20万人の韓国人養子が問う…「韓国は私にとって何か」

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2019.02.05 08:40
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2017年5月、フィリップ・クレーという名前の42歳の男性がソウル・江北(カンブク)のあるマンションの14階から飛び降り、自ら命を絶った。韓国名はキム・サンピル。8歳の時に米国・フィラデルフィアで養子縁組されたが、不法滞在者に転落し韓国に追放された。市民権がなかったし、窃盗と麻薬関連の犯罪記録を持っていたためだ。韓国語もできず韓国に知り合いもいない状態で孤独に震え、極端な方法を選択した。韓国から米国に養子縁組された11万人の中で1万8000人ほどが成人しても市民権を得られずにいるものと推算される。

家族や親戚が久し振りに一堂に会する旧正月。しかし、世界20万人余りに及ぶ韓国出身の養子にとって家族とは誰だろうか。実の家族に会いたがる者もいるが、会えない場合が大半だ。幼い時に養父母と顔付きが違うため混乱し、成人してルーツを探りたいと考えるが容易なことではなかった。

彼らの切ない事情を映したドキュメンタリー映画『サイド・バイ・サイド』が米国で新たに注目されている。韓国人養子出身である監督がメガホンを取った映画だから尚のことだ。

グレン・モリ(韓国名キム・ガン)監督が世界16都市を回って韓国出身の養子100人余りのインタビューを30分ずつ盛り込んだ。6つの言語が使われた。自身が以前持っていた捨てられた記憶とつらい経験を色々な人の口を通じて残したかった。同病相憐の心情だった。

映画は昨年5月に製作されたが最近コロラド公営放送(CPR)を通じて関連内容が紹介され、感動の波が穏やかに広がった。現在この映画はサイト「サイド・バイ・サイド・プロジェクト(sidebysideproject.com)」で見ることができる。

インタビューに参加した人々は出生・養子縁組・成長過程について語った。彼らの話はろ過されずそのまま映像にされた。理由は各々違っても胸に抱く疑問は1つだった。「韓国は私にとって何か」。

彼らはいずれも養父母や兄弟と違う顔付きのためにアイデンティティの混乱と死闘してきた。A氏は幼い時に白人家庭に養子縁組されたが、養父母が離婚したことで苦悩し始めた。A氏は「毎晩祈って私はなぜこんな人生を送らなければならないのか、数えきれないほど神に尋ねた」とし、「鏡の中の自分がまるで黄色い怪物のように見えたし、自殺も数えきれないほど考えた」と話した。

モリ監督もカメラの前で率直に本音を打ち明けた。1960年にソウルの児童養護施設から米国・コロラド・デンバーの白人家庭と養子縁組されたモリ監督は「他の養子の話を聞くにつれ自身の人生と意味を理解するようになった」と話した。

モリ監督は「ソウルでメモの1枚も残さずに両親に捨てられ、養子縁組機関に移されて米国のある白人家庭に来ることになった」とし、「家族は私を愛してくれたが依然として道に迷ったような感じを避けられなかった」と明らかにした。

過去60年間、世界で最も多くの児童を海外に養子縁組で送り出した韓国。「児童輸出国」という汚名までついたが、クレー氏の死から分かるように養子に関する事後管理は「0点」に近かった。

たくさん怨みも抱いた。モリ監督は韓国を訪れ、博物館の前を自由に走りまわる子供たちを見て「私が幼い時にすごく夢見たが決して持つことのできなかった人生をその子供たちが生きていた」と涙声で話した。

しかし、モリ監督は「養子縁組がより多様な人生を経験できる機会になった」とし、肯定的な側面を強調した。モリ監督は「インタビューを終えた時は、養子が自身の人生の経験に対して新たに感謝する心を持ってその場を離れた」と付け加えた。

自身が生まれた母国・韓国が、20万人の養子にとってもう1つの家族になってほしいという希望も忘れなかった。

それに対する肯定的回答で最近政界が韓国人養子に市民権を付与してくれとしながら米議会を説得して出た。共に民主党の李仁栄(イ・インヨン)議員は先月29日にワシントンDCを訪問し、ジェフ・マークリー民主党上院議員に会って米議会に係留中の養子関連法案が通過されるように助けを求めた。マークリー議員も前向きに検討するという意向を示した。

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