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「金正日の女・金オク氏、張成沢氏に関わり家族とともに収容所送り」

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2018.11.22 15:40
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一時、金正日(キム・ジョンイル)総書記の第四夫人説がささやかれていた金オク(キム・オク)氏(53)の近況が確認された。金オク氏は2012年7月、金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長の現地指導に姿を見せた後、過去6年間にわたって消息が不明だった。北朝鮮内部事情に精通した韓国政府当局者は21日「正日氏が2011年に死亡してから、金オク氏の行方も当局の関心事だった」とし「しばらく公開席上に登場していたが、姿が見えなくなってからは粛清説やドイツ病院入院説などさまざまな推測が飛び交っていた」と話した。

この当局者は「さまざまな情報を総合した結果、金オク氏が張成沢(チャン・ソンテク)事件に関わって2014年に政治犯収容所に送られたと結論付けた」とし「現在、生きていることを把握している」と明らかにした。しかし、この当局者は保安上の理由からどの収容所で生活しているかは明らかにしなかった。ただ、金オク氏が政治犯収容所に行く時、父親(キム・ヒョ)、弟(キム・ギュン)、妹(キム・オクギョン)ら一家全員が収監されたという。

金オク氏は正日氏が生存していた時、国内の現地指導はもちろん、海外出張にも同行して正日氏の細部にわたって世話をする影だった。特に、中国訪問(2011年5月)時は正日氏の専用車両に同乗しただけでなく、正日氏の隣に座っている姿まで捉えられた。このため、金オク氏は対外的には秘書である技術書記だったが、実状は正日氏の第四夫人なのではないかとの憶測を呼んだ。同乗場面を通じて、金オク氏は正日氏の生前、彼を至近距離で世話をする明らかな「ドアノブ権力」だったことが確認された。正日氏の死後、金オク氏の去就が関心を引いた理由だ。

一人だけ残った金オク氏の運命については「健在」と「風前の灯火」という2つの見方が交錯した。一部北朝鮮専門家の間では、正恩氏が父親の面倒をこまごまと見ていた金オク氏を簡単に放り出すことはできないとの意見があった。一方で、新たに執権した正恩氏を後押しする新進グループの目には金オク氏が障害物に映るだろうとの話もあった。

だが、当局の判断によると、金オク氏の運命はこのような一般的な分析とは違い、張成沢氏によって決定づけられた。2013年12月、正恩氏の叔母の夫である張成沢氏(党行政部長)が処刑され、その後に北朝鮮当局が実施した「余毒清算作業」で金オク氏と張成沢氏一族の「取り引き」が明るみになって没落につながったということだ。別の当局者は「正日氏が死亡する直前まで金オク一家は順調そのものだった」とし「ここに張成沢氏の影響が及び、面倒を見てやったことが問題になったようだ」と説明した。

金オク氏の父親、キム・ヒョ氏は金正日氏が死亡する前に労働党財政経理部長に昇進して党の金庫を任され、金日成(キム・イルソン)主席の遺体が安置された錦繻山(クムスサン)記念宮殿(現・錦繻山太陽宮殿)の財政も担当した。金日成総合大学の平教授だったキム・ギュン氏も2000年代に40代という若さで同校第1副総長に昇進した。金オク氏の妹であるキム・オクギョン氏の公式職責は知らされていない。ただし、キム・オクギョン氏は張成沢氏の一人娘・張琴松(チャン・グムソン)氏が2006年留学中にフランスで自殺するまでルームメートの役割を果たして面倒をみる任務を負っていたという。金オク一族と張成沢一族の関係を垣間見せる端的な例だ。金オク氏は正日氏の世話をし、妹のキム・オクギョン氏は張成沢氏の娘・琴松氏の友人役を果たしたといえる。

張成沢氏処刑後、親戚や部下など相当な数の関連者が処刑されたが、金オク氏はこれを逃れた。現代史研究所のチョン・チャンヒョン所長は「金オク氏が正日氏の世話をした点を勘案し、処罰はするものの処刑者名簿からは除いたと見られる」と話した。このような点から見ると、正恩氏が時間の経過とともに自身の包容力を誇示するか、政治的にその必要性がある場合、金オク氏を復権させる可能性もあるという主張もある。

北朝鮮は2013年中盤から張成沢氏を内密調査し、同年11月18日に自宅軟禁した。部下だった李龍河(イ・ヨンハ)第1副部長と張秀吉(チャン・スギル)副部長は逮捕されて処刑された。続いて、分派策動および反党・反革命容疑で張成沢氏をすべての職責から解任した後、裁判を経て12月12日に処刑して、張成沢一派を大々的に粛清した。

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