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【噴水台】大韓帝国120周年

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2017.03.09 15:02
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持ち手は亀の形をしている。皇帝御璽という4文字が刻まれている。高宗(コジョン)皇帝(1852~1919)が使った国璽だ。高宗は日帝侵略から国権を守るため、ロシア・イタリアなどに送った秘密親書にこの印鑑を押した。興味深いのは御璽の大きさ。別のものに比べて半分にもならない。縦5.3センチ、横5.3センチ、高さ4.8センチだ。高宗が秘密裏に使うために作らせたものだと推定される。それだけ国際情勢が差し迫っていた。

高宗の御璽は景福宮(キョンボックン)国立古宮博物館で見ることができる。大韓帝国宣言120周年を迎え、先月末、展示場が一新された。展示空間を1.5倍に拡張し、関連遺物も100点余り補強された。入口から見どころがあふれている。高宗が国政を行った慶運宮〔現在の徳寿宮(トクスグン)〕の正殿である中和殿と洋式建物である石造殿の一部も再現した。1897年に大韓帝国を宣言して自主国家を建てようとした高宗の苦闘を垣間見ることができる。

大韓帝国は13年しか続かなかった。1910年に日帝へ統治権が移った。反面、行政・軍事・財政・教育・医療など全分野にわたって近代化に対する熱望があふれていた時代だ。国家儀礼も再整備された。「皇帝国」の自尊心を強調した。まず、宮廷装飾模様を鳳凰から龍に変えた。衣服・儀軌などには皇室を現わす黄色を使った。勲章・切手・パスポートなどにも太極紋が国家の象徴として本格的に登場した。

新しい展示室は親切だった。一世紀前の状況を再現した映像物、陶磁器・家具など皇室用品が観客の理解を助ける。だが、自主国家に向かった高宗の改革意志が際立っている反面、外勢にひざまずいた痛みに対してはかなり端折られている。大韓帝国の限界についてももう少し扱ってくれればと思う。われわれも今では歴史の明暗を同時に見ることができるほど大きくなったではないか。博物館側は「所蔵遺物が限定されているため」と説明した。

2017年、韓国が120年前の状況と似ているという心配が最近高まっている。外交でも経済でも日本・米国・中国に乱打されている現実のせいだ。これに大統領弾劾審判を控えて陣営対立も普通ではない。それでも単純比較はいただけない。今は皇帝の時代ではない。市民が主導する時代だ。雨降って地固まるという。広場を埋めた民衆の良識を信じる。為政者ももっと気をしっかり持つべき時だ。大韓帝国最後の皇帝・純宗の遺詔(遺言)は下記の言葉で締めくくられている。「皆さん、努力して光復せよ。朕の魂帛が冥冥とするなかで皆さんを助けるだろう」。(1926年7月28日付新韓民報)

パク・ジョンホ/論説委員

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