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首の怪我で下を向いて生きざるを得なかったベトナムの子供、韓国で新たな人生へ

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2016.12.20 16:14
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ベトナムから来たキエユギアバク君(左側)が15日、翰林大学聖心病院の入院室で横になったまま、Vサインをしている。母親のホアンティタオさん(右側)と翰林大学聖心病院整形外科のキム・ソクウ教授(中)が子供を見つめている。(写真=翰林大学聖心病院)
15日午前、京畿道安養市(キョンギド・アンヤンシ)の翰林(ハンリム)大学聖心(ソンシム)病院の入院室。おもちゃのパトカーを握ってベッドに横になっている4歳の男の子にユン・クムソン看護師長が近付いた。「ングイトゥエット(雪だるま)」と言いながら人形をプレゼントすると、子供は明るい微笑みを浮かべながらプレゼントを手にしたまま、ベトナム語で「シン カームオン(ありがとう)」と答えた。

子供の名前はキエユギアバク君。わずか100日前にはキエユギアバク君の微笑は想像すらできなかった。9月初、ベトナム・ハノイ近くのバクザン省でキエユギアバク君の家族が乗った乗用車がトレーラーと衝突した。安全ベルトを締めていなかった子供は、首が下方に50度程度曲がる重傷を負った。首骨に怪我をすれば命を失う場合が多いが、幸いに神経損傷と骨転位にとどまった。

しかし、ハノイのベト・ドク大学病院は手術を憚った。手術中に神経に異常が生じると、全身マヒになる可能性があった。そのため、子供は首周辺に月桂冠型の特殊固定装置を付けたまま、2カ月間横になっていなければならなかった。このままなら、地を眺める奇形的な体形で余生を生きるしかなかった。

ベト・ドク大学病院のある医師がアイディアを出した。韓国で指導を受けたことのある翰林大学聖心病院整形外科のキム・ソクウ教授(脊椎センター所長)が思い出した。英語が全くできなかった母親のホアンティタオさん(30)は弟と医師の力を借りて13日、キム教授に英文の電子メールを送った。「最善の結果を得るために、韓国で治療を受けたいです。できれば、ご返答をお願いします」。

電子メールを読んだキム教授は、忙しい手術スケジュールを調整した。細部事項を調整するために、10通余りの電子メールをやり取りした。キム教授は「手紙から母親の切迫した気持ちが伝わってきた。『教授に是非治療を受けたい』という言葉を見てすぐに韓国行きを勧めた」と話した。子供の母は家族・知り合いから援助を受けて手術費や飛行機代などを用意した。

しかし、最後のハードルがあった。不法滞在の可能性を提起してビザが2回も断られた。当初、予約を取っておいた手術日も次第に延期された。結局のところ、キム教授らが力を貸して10日に半月のビザが発行された。「力強いご支援にありがとうございます。私の息子が早く治るといいです」。母親が送った最後の電子メールには、航空便の日程とともにこのような希望のメッセージも込められた。

11日、車椅子に乗った子供が母とともに仁川(インチョン)空港に到着した。「痛い」とずっと繰り返していた子供は、空から降る雪が不思議なのか、目を離さなかった。救急車で翰林大学聖心病院に移送された子供は、2日後に6時間以上の大手術を受けた。手術の後、回復室に移された子供は、母と一緒にしばらくの間、涙を流した。子供は痛くて、母は嬉しく、申し訳ない気持ちがあったからだった。

長い病院生活に疲れ、一時は医者のガウンを見ただけでも顔をしかめていたキエユギアバク君が、今はキム教授を見て笑っている。下を向いて生きざるを得なかった子供の視線は、いまや前を向いている。ベトナムに戻って筋肉運動など回復の過程だけが残っている。笑顔を取り戻した母親は息子の顔を触りながら話した。「ただ、幸せです。3月間の苦労が全部洗い流されるような気持ちです」。

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