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<U-23サッカー>ドーハの奇跡vsドーハの悲劇 …「ドーハ世代」が激突

ⓒ ISPLUS/中央日報日本語版2016.01.28 17:29
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奇跡と悲劇。23年前に遡る。1993年、カタール・ドーハは日本にとって悪霊の地だった。

国際サッカー連盟(FIFA)1994米国ワールドカップ(W杯)アジア最終予選が行われたここで2つのドラマが誕生した。韓国版「ドーハの奇跡」と日本版「ドーハの悲劇」だ。

当時、イラク、イラン、北朝鮮、サウジアラビア、そして日本とともに最終予選を行っていた韓国は1勝1敗2分けでW杯本大会自力出場が難しい状況だった。韓国は最後に残った北朝鮮戦で2点差以上で勝ち、1位(2勝1敗1分け)だった日本がイラクに引き分けたことで、W杯に出場することができた。

有利な状況だった日本は史上初のW杯本大会進出を控え、列島全体が興奮に包まれていた。W杯本大会進出の運命をかけた両チームの試合は93年10月28日、同じ時刻にともにドーハで行われた。

韓国は北朝鮮に3-0で勝った。しかし日本が2-1でリードしていたため、韓国はW杯本大会進出が断たれる危機を迎えていた。しかし試合終了10秒前、イラクのオムラム・サルマンがヘディングで劇的な同点ゴールを決めた。

その瞬間、両チームの運命が変わった。ともに勝ち点6点となったが、韓国は日本を得失点差で上回り、2位で米国W杯のチケットをつかんだ。大韓民国の国民を熱狂させた「ドーハの奇跡」だ。日本には「ドーハの悲劇」となった。

当時、日本-イラク戦を中継したテレビ東京の視聴率(48.1%)は過去最高だった。それだけに日本列島は大きな衝撃を受けた。このように「ドーハの悲劇」は日本サッカーの成長の糧となり、二度と言及してはいけない「タブー」となった。

日本メディアが27日(日本時間)の準決勝で日本が2-1でイラクに勝利した後、「ドーハの歓喜」を叫んだ理由がここにある。スポーツ報知は「日本サッカー史に残るドーハの歓喜」と伝え、イラク戦の勝利を称えた。デイリースポーツも「『ドーハの悲劇』として印象深い場所で、同じイラクを相手に勝負を決め、『ドーハの歓喜』に塗り替えた」と報じた。

特に今回の五輪代表チームの主軸選手が93年生まれの「ドーハ世代」という点も日本には感慨深い部分だ。この日、ゴールを決めた久保裕也(25、ヤングボーイズ)と原川力(23、川崎フロンターレ)がその代表的な選手だ。ドーハの悲劇が起きた年に生まれた子どもたちが「悲劇」を「歓喜」に変えたということで日本は盛り上がっている。

日本五輪代表を指揮する手倉森誠監督(49)も「これから日本はさらに強くなる。日本がアジア最高ということを見せたい」と述べ、今大会を通じて「ドーハの悲劇」を完全に払拭するという覚悟だ。

しかし日本の決勝の相手は韓国だ。韓国もキム・ヒョン(23、済州)、リュ・スンウ(23、レバークーゼン)など「ドーハの奇跡」の年に生まれた選手が主軸をなす新しい「ドーハ世代」がいる。

もちろんすでに五輪本大会チケットを獲得した状況であり、1993年ほどの「奇跡」や「悲劇」は期待できない。とはいえ決勝戦でぶつかる韓日戦であるだけに熱い空気が流れている。両国の「ドーハ世代」のプライドと未来の版図がかかるビッグバンの一戦になるとみられる。

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