주요 기사 바로가기

革新企業家が挙げたトップになる3つの条件=韓国(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2015.09.22 11:26
0
1965年の米国の「産業地図」は現在とまったく違っていた。資本主義の心臓部である米国で売り上げが最も多いトップ企業は自動車メーカーのゼネラルモーターズ(GM)だった。

米国経済誌のフォーチュンが調査した内容だ。

 
同じ年にデトロイトのコボセンターで始まったモーターショーは「米国製造業神話」の象徴も同然だった。当時3位の企業もフォード自動車だった。

ちょうど50年が流れた今年、世の中は大きく変わった。GMは6位に下落した。ドイツ車と日本車に押されたためだ。フォードも同様の境遇だ。これに対しIT時代のアイコンであるアップルが5位に上がった。

企業の世界でも永遠の1位はない。ジャングルのような競争が新技術を生んでは明滅を呼ぶ。米国だけでない。経済誌フォーブスによると2005年に世界最大の企業は米シティーグループだった。AIG(米国)、HSBC(英国)、ING(オランダ)のような金融会社も10位以内に入った。わずか10年が過ぎたいまはどうだろうか。中国の金融会社が1~4位を一気に収める「激変」が起きた。

トップ企業へ進む道、そして生き残るカギは何か。中央日報は創刊50周年を迎え米国、中国、日本、欧州を2カ月間回って「グローバル革新企業家」らからかけがえのない助言を聞いた。荒波に置かれた韓国号に必要な「未来航路」を探し旅立った航海だった。

◇人が1位を作る=意外にも革新企業家が一流の秘訣と口をそろえて挙げたのは「世紀の発明」でも「最先端技術」でもなかった。「人の力」だった。中国電子商取引会社アリババの馬雲会長(51)は中国・杭州の執務室で行われたインタビューで、「市場を先導する企業になるには、経営者がどんな状況でも楽観する能力が重要だ」と話した。彼は「悪くない状況があるなら、それがまさに悪いこと」と述べた。馬雲の履歴自体が屈曲の克服史だった。彼は英語講師→翻訳業者→行商→ホームページ会社という波瀾万丈な苦労を経て従業員3万4000人のアリババ帝国を作り上げた。

1日と経たずに流行が変わるファッション・流通業でも企業の運命は短命になりやすい。この分野で「業」の概念を変えた男がユニクロを創業したファーストリテイリングの柳井正会長(66)だ。彼はインタビューで「自分のビジネスが世界を変えられるという信念があってこそ業界を引っ張ることができる」と強調した。彼もやはりユニクロを作った後に銀行から融資を受けられず苦戦した。だが「服は難しいファッションではなく生活必需品」という哲学を放棄しなかった。フリースやヒートテックのようなヒット商品もここから誕生した。

◇長期的な見方が一流の元肥=松下電器の創業者松下幸之助、本田技研工業創業者の本田宗一郎とともに「日本の経営の3大神」とあがめられる京セラグループの稲盛和夫会長(83)は「利他心」に基づいて社員に配慮する経営哲学を確立し共有したのが成功の基であり、未来にも競争力を左右するだろうと考えた。


革新企業家が挙げたトップになる3つの条件=韓国(2)

関連記事

最新記事

    もっと見る 0 / 0
    TOP