【コラム】米国を扱う朴正熙のチップと朴槿恵のチップ(1)
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2015.09.14 08:52
核兵器を作るなと制裁する。人権も改善するよう首をしめる。そして何気なく「体制崩壊」シナリオを流す。米国の北朝鮮対応方式だ。しかし1970年代には韓国がこういう形で米国にやられた。79年夏にソウルに来たジミー・カーター大統領は朴正熙(パク・ジョンヒ)大統領の目の前に「金大中(キム・デジュン)…」で始まる在野の人名簿を突きつけた。「あなたが不当に監禁した政治犯です。直ちに釈放してください」。主権国家の元首にとってこれ以上の屈辱があるだろうか。
朴正熙の執権18年は米国との凄まじい生存ゲームの連続だった。朴正熙は5.16軍事クーデターを起こしてから6カ月後にジョン・F・ケネディを訪ね、ベトナム派兵を自主的に提案した。左翼経歴を疑う米国を心を引くための手段だった。ベトナム戦争が本格化すると、朴正熙は約束通り30万人の将兵を送り、5000人以上の血を捧げた。米国の開いた口がふさがらなかった。おかげで朴正熙の60年代は順調だった。