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「建国大統領・李承晩の再評価…国の発展動力にしなくては」

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2015.07.20 13:06
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李承晩元大統領50周忌記念式が18日にハワイ・ホノルルのキリスト教連合監理教会で開かれた。朴振元議員、李承晩元大統領の養子である李仁秀博士と妻のチョ・ヘジャさん、李承晩博士崇慕会のキム・チャンウォン会長(左から2番目から)が李元大統領の銅像の前で記念撮影している。(写真=朴振元議員)
18日午後5時、ハワイのホノルルにあるキリスト連合監理教会で李承晩(イ・スンマン)元大統領(1875~1965)の50周忌記念式が開かれた。112年の歴史を持つこの教会は韓国人移民者が米国に初めて建てた教会だ。1913年に初めてハワイに定着した李元大統領が独立運動をした所でもある。50周忌記念式は建国大統領李承晩博士崇慕会と建国統領李承晩博士記念事業会、李承晩研究院、ハワイ韓人団体などが共同主催した。

李元大統領の遺族代表である李仁秀(イ・インス)博士は、「李承晩大統領は夢に描いた祖国に戻ることができずハワイのマウナラニ療養院で無念に最後の痛恨の息を引き取ったことを考えるといまも涙で前が見えない。死去50周年追慕行事を契機に李承晩大統領の崇高な建国精神と国を愛する自己犠牲精神がありのままに国民に知らされたら良いだろう」と話した。崇慕会のキム・チャンウォン会長は、「自国の歴史を知らない国民に未来はない。それは羅針盤がない船と同じだ。建国大統領李承晩博士の崇高な建国精神を想起し彼の歴史的な功罪を正しく再評価することによって未来の国の発展の原動力とする契機になれば良い」と訴えた。

統一韓国リーダーシップアカデミー代表のイ・ホ牧師は、「現在大韓民国が体験しているアイデンティティの混乱は建国精神に対する正しい理解不足からくるもの。若者たちの胸に祖国に対する自負心を吹き込むことができる歴史教育が切実に必要だ」と力説した。彼は「朝鮮民族の優秀性を把握し教育の重要性を呼び覚ました最初の指導者が李承晩だった」とし李元大統領に対するゆがんだ見方と悪意のある侮蔑を警戒した。

ハワイに亡命した60年5月29日から死去する65年7月19日まで5年2カ月にわたり住んだハワイには李元大統領の足跡が残っている。李元大統領はソウルを離れる時には亡命生活が長くなるとは思わなかった。ハワイで2~3週間ほど休んで戻るつもりだった。荷物はトランク2個とタイプライター、薬品などを入れたかばん2個がすべてだった。

李元大統領が住んだホノルルのマキキストリートの木造住宅は素朴だった。李元大統領夫妻はここで困窮した生活を送ったとキム・チャンウォン会長は回顧した。李元大統領は知人たちに「韓国の土を踏んで死ぬことが望みだ。歩いてでも故国に行きたい」と明らかにしていたという。しかし李元大統領の帰国を負担に感じた朴正熙(パク・チョンヒ)政権は彼の帰国を好ましく思わなかったという。これに対し金鍾泌(キム・ジョンピル)元首相は7月17日付中央日報に掲載された証言録で「朴正熙大統領が李承晩博士の帰国を妨げたという話があるが、これは誇張されているか誤りだ」とし、李元大統領の病状が悪化し飛行機での旅行が困難になり帰国できなくなったと語った。

李元大統領は帰国が挫折した後健康が急激に悪化した。彼が息を引き取ったマウナラニ療養院は50年に開院した当時そのままの3階建てのコンクリート建物だった。彼が息を引き取った202号室の窓の外には韓国の方向に太平洋が広がっていた。

今回のハワイでの行事を通じ大韓民国を建国した李元大統領が時代を先んじた先覚者であり光栄と屈辱の歴史を自ら体験した立派な民族の指導者だったとの思いがさらに強まった。李元大統領は半世紀前に死去したが、国と民族を愛する愛国精神と自由民主主義の哲学は現在も私たち国民の胸中に深く刻まれている。真の建国は平和的な南北統一で完成しなければならない。

朴振(パク・チン)建国大統領李承晩博士記念事業会会長

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