주요 기사 바로가기

【コラム】「何」よりも「どのように」を悩むべき時=韓国(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2015.02.05 16:16
0
このように社内機密(?)を漏えいしても大丈夫なのか分からない。私が属する研究院は、年末精算を違うようにやった。国税庁が企業に勧告する簡易税額表に出てくるものより毎月の税金を多く差し引いた。それで年末精算の時には少なく負担するようにした。なぜそのようにしたのだろうか。国税庁表のとおりすれば年末に大変な額を精算することになるとあらかじめ予想していたからだという。役員たちの怨念の声(?)が高まることは明らかだったということだ。だが毎月少しずつ差し引けば、格別な表示も出ず年末精算も困らずに乗り越えられると考えたとの説明だ。国内で有名な経済学の博士が集まった集団の話だ。もちろん私もその1人だ。告白するが、私は毎月の税金がいくらか知らない。毎月通帳につけられたお金が昨年や先月よりも少なくなければ良い。しかし年末精算に対する関心は違う。払い戻しされればあぶく銭が入ってきたようで気持ち良く、追加で多く出せと言われると必要以上のお金が出て行くようで不快になる。

社内機密を吐露しつつも話そうと思っているのは、朝三暮四の話だ。初めからたくさん払って年末にあまり出さない朝四暮三をしたならば、精算騒動も少しは抑えられていたのではないかという残念な思いからだ。このように言うとすぐに非難されるだろう。朝三暮四でも朝四暮三でも税金の金額は全く同じではないかと。正しい話だ。冷静に考えればそうだ。だが、さらに冷静に見れば朝三暮四が国民にとってさらに有利だ。同じ税金を払っても、毎月多く出すより少なく出すほうがより良い。その差額ぐらい銀行に貯金すれば利子がさらにつく。税額控除方式に変えたことも正しかった。所得控除方式よりも「富裕層増税」の趣旨にはさらに合致するためだ。同じ金額を控除されても高所得層は税率が高いからだ。今回の年末精算で高所得層の税金が昨年よりもさらに多く増えた理由だ。

 
もちろん多子控除などを廃止したのは誤っていた。だとしても朝三暮四と税額控除は誰かがやらなければならない改革だった。方向は正しかったという話だ。しかしいくら正しい政策でも、どのように施行するかによって成功と失敗に分かれる。制度はそれを受け入れる人々の性格によって変わるためだ。改革において、内容や方向性に劣らず「どのように」が重要な理由だ。スポーツは最善を尽くせば敗北しても美しいが、改革は最善を尽くしても失敗すれば後遺症だけが残るからだ。だからこそする話なのだ。万一、税額控除と朝三暮四を次々と施行していたら結果はどうだっただろうか。


【コラム】「何」よりも「どのように」を悩むべき時=韓国(2)

関連記事

最新記事

    もっと見る 0 / 0
    TOP