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景気浮揚の残酷史=韓国(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2014.10.24 09:22
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今は全く忘れられたLGカード。2003年から繰り返し不渡り危機を迎えた挙げ句、2006年末に新韓金融持株に買収されて看板を下ろしたLGグループの核心の金融系列会社だった。きっかけは政府の攻撃的な景気浮揚だった。構造調整の余波で失業者があふれると政府は融資規制緩和をはじめとして消費回復に必要な手段を総動員した。銀行とカード会社は先を争って顧客の確保に出た。通行人を対象にした路上カードの発行が許され、カードローン(カードによる融資)でカード料金を返す悪循環があらわれ始めた。英国週刊誌エコノミストが2002年4月に「カードバブル」を警告したが、後遺症はおさまらなかった。結局、信用不良者が400万人に迫り、個人破産が列をなした。

1988年のソウルオリンピック直後の韓国は、3低好況(低金利・低油価・低ドル)が幕を下ろしながら急激な景気鈍化に直面した。実物経済の悪化はすぐに証券市場の停滞にあらわれ、株価が連日暴落した。政府は89年12月12日、証券市場安定化の措置を発表して証券市場浮揚に乗り出した。都市銀行を通じて大手の投資信託3会社(大韓投資・韓国投資・国民投資)に支援されたのは2兆7000億ウォン。当時70兆ウォンほどだった証券市場の規模に比較すれば「お金の爆弾」のようなものだった。銀行が金を供給して発券力を動員した計算だったが、結果は徒労だった。底抜けの樽に水を注ぐことでこのお金を全て投じた後も株価はひとしきり下落して対策発表前より30%以上も下がった。

「カードに借金を回して防ぐ」「銀行のお金で証券市場を浮揚する…」。これらの政策の共通点は、政府が景気を人為的に回復させようとしたが深刻な副作用と後遺症に苦しめられたという点だ。企業利益の増加と家計所得の増大のような実物経済の後押しのない景気浮揚は、ややもすると財政や金融のような政策手段だけを浪費して、国民に後戻りできない苦痛だけを与えるという教訓を残した。

これは「誰も行かない道」を進んでいる崔炅煥(チェ・ギョンファン)経済チームの景気対応にとっても反面教師となる。拡張的な財政政策と史上最も低い基準金利(2.0%)を動員して景気浮揚に出たのに大きな効果がほとんど表れていないからだ。証券市場と住宅市場がしばらく上昇の兆しを見せたが、景気回復の核心バロメーターである投資と消費は依然として冷え込んでいる。これはこれまで注ぎ込んだ景気浮揚策を後押しするほどの構造改革の措置が並行されていないためだ。

短期的な景気浮揚だけに固執していては失敗するしかないという事実は、過去20年間余りで日本が克明に見せた。日本は90年代初期のバブル経済崩壊以後、財政を拡大して金利を低くしたが根本的な構造改革に失敗して長期不況から抜け出せずにいる。金広斗(キム・グァンドゥ)国家未来研究院長は「国内でも金泳三(キム・ヨンサム)政権以後、歴代政権が構造改革なしに景気浮揚だけに固執していたせいで成果が長く続かなかった」として「今回も今のようにすれば次の政権では(後遺症で)状況がさらに難しくなりかねない」と話した。

なぜそうなのかは1980年代末、90年代末、2000年代初めの歴代政権の景気対応の結果を見れば分かる。まず先に消費が振るわないという面で、今回と状況が似たようなカード大乱の時を見よう。当時、金大中(キム・デジュン)政権は常時、構造調整と失業増加で極度に振るわなかった内需を生かす手段の1つとして消費の活性化に出た。執権期間中に8回の追加補正予算を編成して融資規制を緩和し、これを後押しした。
景気浮揚の残酷史=韓国(2)


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