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朴正煕、南北対話契機に備え… 李明博、独島訪問後天皇謝罪言及

ⓒ韓国経済新聞/中央日報日本語版2014.08.12 10:29
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歴代大統領の光復節(8月15日)の祝辞はいつも関心の対象となった。独立・建国・統一という3つのテーマが溶け込んだ複合的な祝日であるため大統領は祝辞に格別の精魂を込めた。韓国内政界はもちろん日本と北朝鮮も韓国の大統領の8・15慶祝辞を政府の対日・対北朝鮮政策の照尺と考え注目してきた。

最も話題を集めたのは2012年光復節直前に大統領では初めて独島(ドクト、日本名・竹島)を訪問した李明博(イ・ミョンバク)大統領だ。その年の8月10日に独島を訪れて警備隊員を激励し、韓国領標石を見に行った李大統領は光復節の1日前である14日には「天皇が韓国を訪問したければ独立運動をした方に心から謝罪しなければならない」と言って対日強攻ドライブを継続した。現職大統領が天皇の謝罪を公開言及したのもやはり初めてだった。日本が激しく反発し、2011年3・11東日本大震災の際に韓国の惜しみない支援で蜜月を謳歌していた韓日関係は急速に冷え込んだ。その基調は今まで続いている。

他の大統領は光復節祝辞を主に自身の統一政策や対北朝鮮メッセージを明らかにする契機とした。李承晩(イ・スンマン)大統領は48年の祝辞で「我々は北の方を眺めて怨む思いを禁じえない」として分断の苦痛を吐露した。

朴正煕(パク・チョンヒ)大統領は70年祝辞で「北朝鮮が武力赤化統一放棄を宣言すれば南北間の障壁を段階的に除去する用意がある」と話し、当時まで政府の路線だった北進統一の代わりに平和統一論を初めて明らかにした。盧泰愚(ノ・テウ)大統領も88年の祝辞で「場所・議題・手続きにとらわれず南北最高当局者会談を持とう」と言い、90年の祝辞でも南北首脳会談を提案した。金大中(キム・デジュン)大統領も98年の祝辞で「統一は武力や吸収でなく必ず平和的に成さなければならない」という骨子の対北朝鮮政策3大原則を提示し太陽政策を宣言した。光復節祝辞は政派を離れて前向きな対北朝鮮政策宣言の舞台として活用されたわけだ。

しかし、金泳三(キム・ヨンサム)大統領の94年祝辞は違った。「統一が突然やって来るかも知れないから徹底的に準備しなければならない」と強調したのだ。当時、政界と外交家の間では「1カ月前(94年7月9日)に金日成(キム・イルソン)が亡くなった状況で大統領がこういう発言をしたのは北朝鮮が3年内に滅びるという意味」という推測が広がった。これは今まで続いている北朝鮮崩壊論の最初となった。

一方、全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領は87年の祝辞で日帝の植民支配に対する「自省論」を提起した。「我々に力がないために異民族に蹂りんされたのを深く認識して痛恨の過去を自省してみる日にならなければならない」とし、再びこのような歴史を繰り返さないように、我々は皆で富強な国を建設すると確かめる覚醒の機会にならなければならない」と話した。当時在野の一部では「典型的な植民史観」という批判が出たが大きな反発なく終わった。

(中央SUNDAY第387号)

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