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【コラム】ゴールデンタイムを再び逃すのか?=韓国(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2014.07.22 14:22
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「はやくはやく」することで世界的に知られるようになった韓国人が唯一、事態の収拾は暗鬱なほどに遅れているということが理解し難い。納期日に合わせて注文商品を製造したり大規模マンション団地をあっという間に建設したりするように促す、この「はやくはやく」の遺伝子はしかし、大型惨事に対する診断と処方についてはその並はずれた才能を発揮していない。セウォル号が沈没してから98日目、不明者10人はいまだに暗い海中に閉じ込められており、300人余りの幼い命が水葬された原因は、まともに明らかにならなかった。市民らは各メディアが取り上げた大小の要因を互いにつなぎ合わせる方法で気がかりなことを解消してきただけだ。

JTBCの9ニュースが過去2カ月にわたり持続的に提起してきた「なぜ?」という質問と深層取材は、海運管理と海上救助の乱脈の様相を照らした内視鏡だった。だまされた不正と非道で腐っていた。国家の社会的責任が働かなければならない領域に、利益結社体が繁殖するような醜悪な姿は、国家安全処を新設するとか災難安全業務をあちこちに切り離して移すなどといって解決されるものではないということを教えてくれた。それでも政府と国会が真相究明に向かって第一歩でも踏み出していれば、このようにもどかしくはなかっただろう。地方選挙とワールドカップにしばらくよそ見をしていたが、大統領が断固として発令した国家革新への期待を引っ込めたわけではなかった。先端装備を総動員しても捕まえられなかった兪炳彦(ユ・ビョンオン)が、たとえ自首していたとしても惨事の1%も解明されないことを皆が知っているところに、特別法の制定をめぐってごたごたしている国会と「国家革新特別内閣」に未熟な人物を座らせた政府の軽薄な姿勢が結局、長いため息を吐かせてしまう。

 
子供たちは、どれほど切羽つまって出てきたのだろうか。ああして出てくる以外に自分をなだめる方法がない壇園(ダンウォン)高の生き残った生徒たちの徒歩行進は、無能政治に対する幼い生徒たちの叱責であり無責任社会に投げかける未来世代の非難だった。生徒たちは寝ている間でも、いきなり起き上がって冷や汗を流していたことだろう。たび重なる悪夢の中で、会いたい友人らと何度も別れたのだろう。「このようにでもしなければ、友人にできることが何もありません」。罪の意識の海でさ迷いながら、やっと手に持ったピケにはこのように書かれている。「悔しい死、真実を明らかにしてください」と。客観的な説明を渇望する傷ついた魂の絶叫ではないか。

この程度の希望を聞けない国家は、国家ではない。幼い生徒たちの外傷後遺症がいかに彼らの夢と日常をむしばんでいるのか気を遣うことができない社会は、後進社会だ。生徒のほかにも一般人の犠牲者らがいる。セウォル号の貨物室に船積みされた配送品を一度に失って奈落の底に落ちた業者、トラックや装備が水没して借金だらけの人に転落した小さな企業の社長の再起を助けられない政府は政府ではない。ところが、こうしたことが実際に起きていることが韓国であり、それがこの3カ月に天下にあらわになった韓国の自画像であることを認めなければならない。


【コラム】ゴールデンタイムを再び逃すのか?=韓国(2)

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