【コラム】実戦の中の無人機
ⓒ韓国経済新聞/中央日報日本語版2014.04.07 11:21
1973年10月6~25日の第4次中東戦争(ヨム・キプル戦争)は、イスラエルにとっては災難だった。エジプトとシリアの奇襲で虚を突かれた上に、開戦初日に緊急出動した戦闘機は時のソ連製地対空ミサイルに次々と撃墜された。当時イスラエルは、440機の空軍機のうち102~387台(情報出処別により違いあり)を失ったという。アリエル・シャロン(首相を歴任し、今年1月11日に死去)将軍が指揮した143機甲師団が、スエズ運河を渡って逆襲しながらかろうじて戦いの勢いをひっくり返すことができた。
この戦争で、戦力の核心である戦闘機操縦士を多く失ったイスラエルは、以後かなりの偵察は無人機(UAV)に任せることにして開発に尽力した。その結果82年のレバノン戦争の際は無人機が期待以上に活躍した。これを通じて入手した情報を活用して、開戦初期にシリア防空網を焦土化して操縦士の被害を「ゼロ」にした。無人機で写真・動画撮影はもちろん防空網の核心であるレーダーの電波も追跡したおかげだ。