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『NANTA』観客1000万突破目前…17年間、世界に感動を届けてきたソン・スンファン氏(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2014.02.14 13:47
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「『NANTA』見ていない観客がまだ数十億人です。『NANTA』の世界市場はまだまだ広いです。」

1000万観客突破を前にして『NANTA』の製作者ソン・スンファンPMCプロダクション会長(57)の抱負は世界に向かっていた。「国内公演市場はとても小さく、到底収益を出すことはできない」という判断で海外観客を狙った17年前の初心そのままだ。1997年にソウル湖巌(ホアム)アートホールで初演した『NANTA』は、これまで49カ国286都市で2万8500回余り舞台に上がった。毎日『NANTA』を公演する専用劇場だけでもソウルの明洞(ミョンドン)と忠正路(チュンジョンノ)、済州(チェジュ)、タイ・バンコクなど4カ所。

今年7~8月頃なら総観客1000万人を突破する展望だ。このうち80%ほどが韓国を訪問した外国人観光客だ。

「世界の舞台で通用するには言語の壁のない非言語劇が良いだろうと考えました。」

『NANTA』は伝統サムルノリの奮い立つリズムを現代公演様式にリンクさせて作った打楽器パフォーマンスだ。初演芸術監督はサムルノリの大家金徳洙(キム・ドクス)(62)氏であった。『NANTA』のリズムは大半、刃物でまな板を叩く過程から出る。17年の間、キュウリ、ニンジン各29万個ずつ、玉ネギ11万個、キャベツ20万個が『NANTA』舞台で切られるために出て行った。刃物1万8000袋、まな板2000個もすりへって使えなくなった。演者はきらびやかな刃物の手つきの訓練だけで6カ月を受けて初めて『NANTA』舞台に立つことができる。映画『私の妻の全て』で見せてくれたリュ・スンリョン氏の「刃物使いの妙技」はリュ氏が98年から4年余りの間『NANTA』俳優として活動して得た技術だ。

『NANTA』誕生の背景にはソン会長の空腹の過去がある。65年、8才で子役俳優でデビューしたソン会長は85年に突然すべての活動を止めて米国、ニューヨークに発った。

現在の妻である同い年齢の婚約者と一緒であった。

「77年大学(韓国外大アラビア語科) 2年生の時、学校を辞めて専業俳優になりました。80年『若さの行進』のMCを任され、大衆的なスターになりました。ラジオDJもして、連続ドラマにも出演し、映画も2~3本撮って、CMもたくさん出て…。」

そうして夜の睡眠を減らしながら5年余り活動する間、マンションを何件か買うほどのお金を集めた。だが、親が事業に失敗し、一日で手が空っぽになった。

「若かった時は金を儲けることより、多くのことを見聞きして感じるのがより大きい財産だと思いましたよ。言葉で聞くばかりだったブロードウェーミュージカルを直接見たくて無鉄砲に米国に行きました。」

ソン会長はフリーマーケットの屋台で商売をしたし、妻はネイルショプに就職した。平日は二人でそうやってお金を稼ぎ、週末には思い切り公演を見た。『NANTA』にインスピレーションを与えた非言語劇に初めて接したのもその時だった.

「ピーター・シューマンが演出する「パンと人形(Bread&Puppet)」劇団の人形劇を見ました。台詞が一言もないのに面白味と感動を与えるというのが珍しかったです。本当に多様な形式の公演があるんだなと悟って、頭がひらめく感じがしました。」
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    2014.02.14 13:47
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    『NANTA』の製作者であるPMCプロダクションのソン・スンファン会長(57)。
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