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【噴水台】誰が安重根義士をテロリストと呼ぶのか

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2014.02.04 15:07
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先日、ソウル万里洞の報徳寺でパク・サムジュン僧侶(72)に会った。40年以上も死刑囚の救命と教化活動を続け、安重根(アン・ジュングン)義士(1879-1910)崇敬事業にも関与した方だ。僧侶は「最近、日本の官房長官が安義士を『テロリスト』と呼び、非常に悔しい思いをした」と述べ、安義士の真の姿を知らせる資料とエピソードを公開した。

資料は朝鮮侵略を謀った伊藤博文を1909年10月26日にハルビンで射殺した直後の安義士の写真が入った葉書だった。薬指を切断した左手を前に出した姿だ。写真の下には「伊藤公を暗殺した安重根。韓人は古来から暗殺の盟約をする時、薬指を切断する旧慣がある」と日本語で書かれている。この葉書が発行直後、飛ぶように売れると、安義士を英雄視する風潮が広がらないか恐れた日帝が印刷を中断したという。祖国の独立と東洋の平和という大義の中、大胆に行動を起こして堂々と捕まった安義士を崇める雰囲気が、当時の朝鮮人と中国人はもちろん、さらには日本人の間にも広まった証拠だといった。

僧侶は「獄中の安義士は57点以上の遺墨を残した」とし「40年以上も関連事業をしてきた経験上、死刑囚が獄中で堂々と書画を残すことができた理由は、その方に対する周囲の人たちの尊敬心のほかに考えられない」と述べた。安義士は獄中で「独立」という揮毫も残した。1910年2月、旅順監獄の看守、説楽正雄に贈った。説楽はこれを持って日本に戻り、余生を安義士を敬慕しながら暮らし、この世を去る前に甥の説楽正純に譲った。僧侶が数年前、広島県願船寺の住職の甥を訪ね、「望む金額、または望む韓国の書芸作品と交換したい」と提案したが、断られた。「当時、安義士は叔父に『伊藤を射殺した理由はわが国の独立のためということを日本に行って広く知らせてほしい』といってこれを贈ったので、この作品は日本になければいけない」と拒否の理由を明らかにした。

安義士は1910年3月、自分を取り調べた旅順裁判所の検察官、安岡静四郎に「国家安危 労心焦思」(国家の安寧を心配し心を焦がす)と書いて贈った。自分を監視してきた日本憲兵の千葉十七には「為国献身 軍人本分」(国のために献身するのは軍人の本分)を渡した。祖国を狙う侵略者には銃弾を放ったが、自国のために服務する公職者と軍人にはむしろこうした激励の言葉を書いたのだ。東洋平和思想を主張した偉大な思想家の姿だ。

チェ・インテク論説委員

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    【噴水台】誰が安重根義士をテロリストと呼ぶのか

    2014.02.04 15:07
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    イラスト=キム・ヒリョン記者
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