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費用がなくフランスに行けなかった朴正熙大統領、11月に娘が…(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2013.10.31 15:46
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1964年12月、朴正熙(パク・ジョンヒ)元大統領は韓国大統領では初めて欧州を訪問した。ドイツとフランス・エジプトを訪問する予定だったが、ドイツにしか行けなかった。費用の問題のためだ。当時は大統領専用機がなく、海外歴訪が難しかった時期だ。

政府は欧州歴訪のため旅客機を1週間チャーターしようとしたが、50万ドルという費用が負担になった。結局、ドイツ政府が東京-独ボンを運航したルフトハンザ航空機をソウルに臨時寄着させ、朴元大統領のドイツ訪問が実現した。

青瓦台(チョンワデ、大統領府)はプライドが高いと知られるド・ゴール大統領に、韓国がドイツよりフランスを敬遠するという印象を与えないよう、ボンで開くことにしていた欧州公館長会議をパリに移すことまで検討したが、結局、費用の問題で実現しなかった。ドイツが提供した飛行機でフランスとエジプトまで訪問することはできないと判断したからだ。

第7代大統領選挙を3カ月後に控えた71年、朴元大統領は再びフランス訪問を推進した。青瓦台はマックス駐韓フランス大使と接触し、3月中のフランス公式訪問を打診した。当時、韓国はフランスのアジア3番目の貿易国だった。学生の80%が第2外国語にフランス語を選択するほど両国関係は近かった。

しかし今回も訪問は実現しなかった。フランス政府は4月に予定された韓国の大統領選挙が目前だという点に負担を感じていたうえ、朴大統領のライバルだった金大中(キム・デジュン)新民党候補がフランス訪問を予定していた点が影響を及ぼした。結局、朴元大統領は18年間の在任期間、フランスを一度も訪問できなかった。

このような外交秘史は、ある公務員がフランスの外交文書を探して確認された。チョン・サンチョン統一部南北協力地区発展企画団チーム長(50)がその主人公だ。チョン氏はフランス・韓国外交資料に基づいて出した『ナポレオンも知らない韓・仏の話(副題:フランス外交資料で見た韓仏関係秘事)』という本にこうした内容を書いている。

外交部で15年間勤務したチョン氏は外圭章閣図書の返還に寄与したフランス通だ。この本は、パリ留学(94、95年)と博士課程(2000年)期間中にフランス外交部の古文書室に通いながら外交文書を研究した内容が基盤となっている。チョン氏は約3200ページのフランス外交資料をコピーしてきたという。

この本によると、朴正熙元大統領のフランスに対する憧れと愛情は特別だった。幼い頃に耽読したナポレオンの伝記の影響で将軍に憧れた朴元大統領は、第1・2次世界大戦に参戦したド・ゴール仏大統領に特別に好感を抱いたという。核再処理技術を導入するため73年にフランスと原子力技術協力協定を締結した点、八堂ダム建設にフランス資本を導入したのもそのためだった。
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    費用がなくフランスに行けなかった朴正熙大統領、11月に娘が…(1)

    2013.10.31 15:46
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    (上)1961年6月、朴正熙国家再建最高会議副議長(右)がシャンボール初代駐韓フランス大使(右から2人目)らフランス政府関係者と歓談している。59年から69年まで駐韓フランス大使を務めたシャンボール大使は遺言により陜川の海印寺に安置された。(写真=中央フォト)。(下)1961年完工当時の駐韓フランス大使館の建物。シャンボール初代フランス大使所蔵の写真。
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