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【時視各角】円高修正はレトリックだ(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2013.03.19 08:54
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円高修正。このところ日本の企業家・政治家が口癖のようにいう言葉だ。日本の時代精神にでもなったようだ。彼らの三段論法は簡単だ。これまで円がとても高く評価されてきた、それで日本経済がこのありさまだ、ここから抜け出すには円高を正さなければならない。

もっともらしく見えるが鉄壁の論理ではない。1番目と2番目の前提に疑問がつく。まず日本がこの数年間円高に苦しめられたという話が100%正しいのか。2008年の金融危機以前の1ドル当たり100円台だった円が2012年9月に77.44円に高まったことを彼らは円高という。しかし異なる時点の為替相場を比較する時は物価変動を考慮するのが常識だ。経済学者が話す実質実効為替相場はそのように計算されて出る。

 
少し前にKDB大宇証券がJPモルガンの資料を通じて分析した結果、最近の円のドルに対する実質価値は2008年9月以後最低水準と現れた。1995年と比較すると約40%落ちたという。米国の物価が上がる間に日本の物価は後退したためだ。日本銀行もやはり実質実効基準としてこれまでの円高が激しいとはいえないとみた。それでも円の価値をさらに落とそうというのは円高修正でなく「円安シーズン2」だ。国際通貨基金(IMF)のラガルド総裁も円安を近隣窮乏化政策だと非難しなかったか。

それなら円高のせいで日本経済が不況に陥ったという2番目の前提も過度な飛躍だ。日本は円高だと死にそうな声を出したが実質価値でみれば18年間生暖かい円安の風呂に体を漬けていた計算ではないのか。これほどになると円がさらに下がれば日本経済が生き返るという主張は祈福信仰のように映るほどだ。エンジンが故障した車にガソリンを入れたところでどうしようというのかという冷笑もこのために出てくる。


【時視各角】円高修正はレトリックだ(2)

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