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「北朝鮮兵士ノック亡命」に衝撃の李大統領、国防長官を叱責

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2012.10.12 11:53
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李明博(イ・ミョンバク)大統領が11日午前、金寛鎮(キム・グァンジン)国防部長官を呼び、北朝鮮兵士の亡命過程で確認された軍の士気低下を強く叱責し、責任者に対する問責を指示した。

青瓦台(チョンワデ、大統領府)によると、李大統領は30分間、「どういう状況だったのか」と詳しく尋ね、「その間、戦闘型強軍の育成にまい進してきた軍が国民に大きな失望を与えた。徹底的に(真相を)調査して責任者を厳重問責し、警戒システム全般を再点検した後、根本的な補強対策を準備するべきだ」と述べた。

これを受け、金長官は午後5時30分、画像で全軍作戦指揮官会議を開いた。金長官は会議を終えた後、「事件に対する調査が終わりしだい、責任者を厳重に問責する」と明らかにした。

韓国軍の警戒と報告体系の問題点も確認されている。亡命兵士は2日、体一つで鉄柵を越えた後、韓国の高城(コソン)と金剛山(クムガンサン)をつなぐ東海線出入事務所(CIQ)警備隊に行き、亡命の意向を伝えようとしていたことが11日、明らかになった。

この日、国会国防委員会の国政監査で、鄭承兆(チョン・スンジョ)合同参謀本部議長は「亡命者が東海線警備隊の出入口をノックしたが、反応がなかったため、30メートル離れた内陸1小硝に移動し、生活館(内務班)の扉をノックした」と述べた。

鄭議長は「東海線警備隊の中(2階)には人がいたが、亡命者は2階建ての1階の玄関の扉をたたいた」とし「(警備隊の建物はノックの音が)分かりにくい構造のようだ」と述べた。軍当局は当初、警備隊に先に行った事実には触れず、最初から内陸小硝に亡命を要請したと説明していた。

鄭議長の報告によると、北朝鮮兵士は先月29日午前4時ごろ、軍事境界線(MDL)から50キロ北側にある部隊を離脱し、2日午後8時ごろ、北側の鉄柵地域に到着した。この兵士は午後10時30分、非武装地帯(DMZ)を通過して韓国側の鉄柵に到着し、11時前後に鉄柵を越えた。鉄柵を越えるのには4分もかからなかった。警備隊を経て、午後11時10分ごろ、内陸1小硝に到着し、11時19分に1小硝で身柄を確保した。

軍当局の説明にもかかわらず、北朝鮮兵士が北側の鉄柵2つと韓国の鉄柵3つを簡単に越えてきたという点、亡命当時に小硝のCCTVが作動していなかった点は疑惑として残る。最前方の警戒失敗と一貫性のない説明、隠蔽疑惑などで、兵士1人の亡命が軍首脳部の去就問題に広まっている。

当初、軍は単なる亡命だったと発表したが、該当部隊の虚偽報告-合同参謀本部実務者の錯誤-亡命過程説明の言い換えなどと混乱を招いた。特に軍作戦の指令塔といわれる合同参謀本部は報告体系に深刻な問題がある点を浮き彫りにした。

軍の関係者は「事件発生直後、該当部隊の大隊長は『CCTVで挙動不審者を確認して身柄を確保した』と報告し、翌日には『亡命者が扉をノックした』という内容に修正報告するメールを送った」と説明した。しかし合同参謀本部状況室勤務者の誤った判断でこうした内容は上部に伝えられなかった。この関係者は「この電話を受けた状況将校(領官級)はすでに状況が解除されたという判断でメールを開けなかった」と述べた。

◇4年前にも“ノック亡命”=08年4月27日、西部戦線最前方部隊で発生した北朝鮮軍将校の亡命過程でも、韓国軍に未熟な対応と虚偽報告があったことが明らかになった。

軍関係者によると、当時午後4時ごろ、板門店(パンムンジョム)近隣の非武装地帯戦闘前哨(GP)付近に、北朝鮮軍将校1人が白旗を振りながら現れ、亡命意思を表明した。韓国軍の反応がないため、この将校は拳銃を撃ちながら自分の位置と亡命意思を知らせたが無駄だった。結局、この将校はGPまで歩いてきて扉をノックし、亡命した。

当時、該当部隊員は上級部隊に対し、あたかも亡命誘導作戦をしたかのように虚偽報告し、表彰まで受けたことが明らかになった。軍当局は将校の供述で事実が確認されると、関係者を懲戒し、亡命の事実だけを公開した。

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