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“技術の日産”、倒産危機から再起した原動力(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2012.06.26 17:55
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韓国の輸入車市場で日本車は最近、販売が振るわなかった。 円高が続いているうえ、昨年は地震も重なり、生産も円滑でなかった。 しかも昨年、韓国・欧州連合(EU)自由貿易協定(FTA)が締結され、欧州車が3年連続で値下げ戦略に出て、日本車の価格競争力も弱まった。 日本車は新車もあまり出ていない。

しかし08年まで日本車は韓国で5年以上も好調が続いた。 2005年のレクサスブームで、過去6年間にわたり輸入車1位だったBMWを引き摺り下ろした。 08年にはホンダがトップに立った。 品質と価格を前面に出しながら一時は輸入車市場を席巻し、現代・起亜(ヒョンデ・キア)自動車までも脅かした日本車の不振が長期化している。

中でも日産の苦戦が目立つ。 海外では好調だが、韓国は例外だ。 新車を間歇的に出しているが、注目を集めた車種は昨年上半期に登場した「キューブ」だけだ。 今年下半期には新型セダン「アルティマ」が出る。

日産は韓国と縁が深い。 まず97年の通貨危機当時に登場したサムスン自動車「SM5」は事実上、日産の車だ。日産の嚆矢はダットサン。 米国で自動車技術を勉強したエンジニア、橋本増次郎が1914年に設立した。 軍産複合体という言葉のように、当時日本は軍国主義を前面に出しながら財閥を育成し、ダットサンは日本を代表する自動車会社に成長した。 1933年に横浜に本社を設立し、翌年には日産(NISSAN)自動車に社名を変更した。 続いて1935年、日本の初の量産車として記録された「ダットサン15」を出した。 トヨタが1937年に、ホンダが1952年に自動車事業を開始したのに比べ、はるかに早かった。

日本では2000年まで「販売のトヨタ、技術の日産、エンジンのホンダ」という言葉がよく使われた。 それだけ日産は新車を生産する際、新しい技術を積極的に導入した。 トヨタはライバル企業が新技術を開発すれば、半年以内に新車に適用できる技術吸収能力を誇った。 さらに品質と生産性が優れ、日本最高企業になった。

日産とトヨタの違いは「走る楽さ」(Fun to Drive)だ。 トヨタが検証された技術で故障なく心地よく乗れる新車開発に力を注いだとすれば、日産は新技術を果敢に導入し、躍動的な走行性能を高めた。 日産のスポーツカーがそうだ。 日本スポーツカーの代名詞「Zシリーズ」の元祖格である240Zが1969年に登場した。 「フェアレディZ」と呼ばれたこの車は直列6気筒SOHC2.4Lエンジンを搭載した。 当時、欧州車が占めていたスポーツカー市場に日本車が初めて名を連ねた。 性能は欧州車と比較できるほどで、価格は60%水準だったため、中産階級の間で人気を呼んだ。


“技術の日産”、倒産危機から再起した原動力(2)

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