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【コラム】韓国「もう学ぶことはない」、自信はよいが…(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2012.03.19 17:24
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私の最初のソウル生活は1980年代半ばで、その次は90年代末、今回が3度目となる。 政治も街の風景も韓国の変化と発展は著しく、言葉さえもやや変わったようだ。 「サランハムニダ(愛してます)、お客様」--電話案内女性のこの言葉を聞く度に、50歳代の私は戸惑ってしまう。

80年代にはこういう表現を聞くことはなかった。 当時、あるデパートの女性職員が日本のように笑顔で深く頭を下げてあいさつすると、「違和感がある」と批判報道が出たほどだ。 今では男性職員もほとんどがこうしたあいさつをしていて、隔世の感がある。

「サランハダ(愛する)」は、英語表現と顧客尊重の日本式の礼儀が結びついたものだろうか。 以前、韓国の友人と一緒に西洋映画を見て、「愛しているという言葉は、私たちには照れくさくて…」と言って笑い合ったことがある。 ところが今ではドラマや生活でも「愛する」という言葉を時々使うようだ。 やはり韓国は日本よりも変化が速い。

07年から2年間、私は北京で勤務した。 五輪を挟んだその時期、大国の中国が各種矛盾でふらつきながらも発展する非常に高い機運が感じられた。

日本の有名な政治学者が北京で講演をした。 「近代の世界史を見ると、戦争を起こすのは気勢があがった新興国が多い。 20年前は遅れていたが、著しく発展して世界最強国に挑戦すると意気揚々で、自負心も高い。 しかし世界の体制に対する不満とコンプレックスも強く、不安定な面がある」と。 その次の言葉は私の予想通りだった。

「19世紀末から20世紀初めのドイツ、そして日本がそうだった。 軍事力による覇権とナショナリズムで駆け上がった戦前の日本の愚かな失敗を、中国は繰り返さないことを願う」。世界各国の中国に対する懸念を説教するより、自国の日本の過去を反面教師として伝えたのは効果的なメッセージだったと思う。
【コラム】韓国「もう学ぶことはない」、自信はよいが…(2)


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