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<創刊企画>日本IT界の神話、孫正義「志高く」(18)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2011.10.17 18:09
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#マイクロソフトを背に日本コンピューター業界を平定

80年代後半、日本産コンピューターは会社ごとに基本ソフト(OS)が違った。 私はいつかほとんどのコンピューターが同じOSを搭載するだろうと予想した。 マイクロソフトのウィンドウズがその中でも最も有力な候補だった。 90年前後、私はマイクロソフトの創業者ビル・ゲイツに何度か会った。 日本国内でのマイクロソフトのソフトウェア独占販売権が欲しいと伝えた。 ビルは快く応じた。 これは非常に大きな結果につながった。

92年にマイクロソフトが出したウィンドウズ3.1が実際に日本コンピューター業界を平定した。 ウィンドウズで駆動するエクセル・パワーポイントなどのソフトウェアも飛ぶように売れた。 日本ソフトウェア市場規模は韓国の20倍にのぼる。 人口は2倍をやや超えるほどだが、著作権意識が明確だからだ。 マイクロソフトの独占販売権を持った会社の売上高も大きく増えた。 92年に1000億円を超え、93年にはさらに稼いだ。 95年にはマイクロソフトと合弁会社「ゲームバンク」を設立した。 ビルと私は1-3カ月ごとに会う仲になった。 95年末、彼から小包が一つ届いた。 ビルの最初の著書『ビル・ゲイツ 未来を語る(The road ahead)』だった。 表紙の内側には彼のサインとともにこういう言葉が書かれていた。

「正義、あなたは私と同じような勝負師だ(Masa,You are as much risktaker as I am)」

とはいえ、ソフトバンクがマイクロソフトばかり見つめていたわけではない。 90年にマイクロソフトのライバル、ノベルと日本合弁法人を設立した。 2001年に破産したノベルは当時、マイクロソフトと肩を並べるソフトウェア企業だった。 同社の最後の最高経営責任者(CEO)が現在のグーグル会長エリック・シュミットだ。 94年にはシスコシステムズ日本法人に投資した。 今は屈指のグローバル企業になったが、20年前にはベンチャーから抜け出したばかりの水準だった。

このように東奔西走していた中、事業に一大転機が訪れた。 94年7月、株式公開に成功したのだ。 1株当たり1万8900円。 当時の最高値だった。 ソフトバンクは一気に2000億円の大金をつかんだ。 投資するところはすでに決まっていた。 合併・買収(M&A)だった。
【特集】<創刊企画>日本IT界の神話、孫正義「志高く」


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    2011.10.17 18:09
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    日本IT企業「フォーバル」の大久保秀夫創業者 (写真=ヒョンムンメディア提供)。
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