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内閣不信任案、「壊し屋」小沢一郎の最後の賭け

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2011.06.02 09:48
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小沢一郎元民主党代表のニックネームは「壊し屋」だ。既存のものを壊して飛び出すのが日常茶飯事だとして建てられたニックネームだ。

彼の政治経歴は分裂と破壊の連続だった。1993年の自民党時代に彼は野党が提出した宮沢喜一主将不信任案に加勢した後に党を飛び出した。93年6月の新生党旗揚げの後、94年12月に新進党に鞍替えした。97年12月には党内の他の派閥を追い出した上に翌年1月に自由党を創党した。99年1月に曲折の末に連立与党に復帰したが1年で連立政権を割って出た。

 
そんな小沢が最後の賭けに出た。「壊し屋」政治人生の集大成だ。小沢は自民党が1日に提出した「菅直人内閣不信任案」に自身の派閥議員らとともに同調する意向を明らかにした。小沢では離党を覚悟した最後の賭けに出たわけだ。

テレビ朝日は1日「不信任案が可決されるためには与党内で82人の不信任賛成が必要だが、現在まではっきりと賛成の意向を明らかにした議員は50人余り」と報道した。小沢は1日夜、終盤の逆転のために派閥議員を急きょ招集し、71人が集まった。当初予想をはるかに上回る数字だった。小沢は「危機の時にトップを変えてはいけないとメディアで騒ぐが、危機であるほど“だめなトップ”は変えなければならない」と気勢を上げた。留保的立場だった鳩山由紀夫前主将もこの日夜に賛成側に方向を固めた。日本のメディアは1日夜、先を争って「当初は多く30人余りが不信任案に賛成するとみられたが、最低でも60人は超える見通しで不信任可決の可能性も出てきている」と伝えた。しかし、菅首相側は「会合に参加した議員の相当数は結局反対票を投じることになるだろう」と自信を示した。

小沢が最後の賭けに出たことに対し一部では「無謀な冒険に出た」という分析もある。産経新聞は1日、「小沢氏には焦りがある。体力にも衰えを感じている。政治資金規正法違反罪で強制起訴され公判を控える。“これが最後のチャンス”と考えているかにみえる」と報じた。東北の出身で菅政権の東日本大震災や福島第一原発事故への対応に怒りを感じたという指摘もある。

小沢は2日の採決で敗れた場合には新党旗揚げも辞さない覚悟だ。たとえ不信任案が否決されても50票以上確保すれば党に残って抗争できる動力も確保することができる。だが、反乱票が衆議院の絶対安定議席を維持する34票以下の場合、小沢は党から追い出される公算が大きい。賭けの結果は2日午後にわかる。

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