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独立有功者・張志淵の親日をめぐる論争(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2011.04.07 09:57
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韋庵(ウィアム)張志淵 (チャン・ジヨン、1864-1921)をどう見るべきか。張志淵の親日をめぐる論争がまた浮上した。

5日の国務会議で、韋庵を含む19人の独立有功者に対して叙勲取り消しを決めた。昨日まで独立有功者だったが、一日で親日派に転落した。親日派を批判してきた市民団体の決定ではない。李明博(イ・ミョンバク)政府から出た公式議決という点で波紋が大きい。

 
19人のうち特に注目される人物が韋庵だ。韋庵は旧韓末を代表する言論人。1905年11月20日付「皇城新聞」に掲載された「是日也放声大哭(今日大声で慟哭する) 」という論説で有名だ。日本が大韓帝国の外交権を強制的に剥奪した乙巳勒約(1905年11月17日)を嘆いた文だった。

当時の皇城新聞は愛国思想を鼓吹し、日本の侵略に抵抗した屈指の新聞だ。1904年の韓日議定書締結を報道して記事を削除され、日本の荒蕪地開墾権要求が不当だということを暴露し、国民的反対運動を起こすきっかけになったりもした。韋庵は皇城新聞の主筆だった。

「是日也放声大哭」で皇城新聞の幹部はすべて逮捕され、新聞も停刊になった。韋庵も3カ月間投獄され、釈放された後、公職から退き、歴代文献の収集や著述に力を傾けてきた。韋庵は代表的な抗日言論人と認められ、1962年に建国勲章国民章が追叙された。2004年11月には国家報勲処主管の「今月の独立活動家」に選ばれた。

しかし韋庵のもう一つの容貌もある。1914年に朝鮮総督府の機関紙格だった毎日新報に寄稿したのだ。その年12月23日から1918年7月11日まで発表した詩と散文の中に親日傾向の内容があったという研究結果が伝えられ、批判を受けた。2009年に民族問題研究所が編纂した『親日人名辞典』に収録され、論争を呼んだ。

5日、国務会議の議決は二つの韋庵のうち後者に軍配を上げたのだ。これに対し、抗日言論人として韋庵を記憶する人たちの反発が強い。2005年に第16回韋庵張志淵賞を受けた崔根徳(チェ・グンドク)成均館長は「昨日これを聞いて驚いた。韋庵はそういう方ではない。深刻に間違った決定だ」と述べた。崔館長は「韋庵は抗日筆鋒で民族意識を想起させた最初の方で、儒学界では誰もが尊敬している」と強調した。

韋庵張志淵賞は言論の発展と国学の振興に生涯を捧げた韋庵の業績を称えて制定された賞で、韋庵張志淵先生記念事業会が主管している。


独立有功者・張志淵の親日をめぐる論争(2)

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