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【噴水台】安重根記念碑

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2011.03.28 17:37
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過去の大人は「めそめそしていると虎がかみつく」と言って泣く子を怖がらせた。 イタリアにも似たものがある。 「泣いているとハンニバルが追ってくる」だ。 カルタゴの名将ハンニバルがローマの後えいのイタリア人には虎に匹敵するほど恐怖の対象だったのだ。 BC218年に象を率いてローマを侵攻したハンニバルは、トレビア、トラシメヌスに続き、カンナエ戦闘でローマ軍団を全滅させる。 汝矣島(ヨウィド)ほどのカンナエの野原が、無残に殺された7万6000人余りの遺体で覆われた。

このようにひどくやられたローマ人だが、歳月が過ぎると、ローマの真ん中にハンニバルの銅像を建てる。 敵将だったが、偉大な人物であることを認めたのだ。

ベトナムの名将ボー・グエン・ザップに踏みにじられたフランスと米国の国民も、敵将に対する畏敬を隠さなかった。 米タイムズ紙は彼を「赤いナポレオン」と称賛した。 多くのフランス人は1954年に屈辱的な敗北を喫したディエンビエンフーの戦闘現場を今でも訪問している。 偉大なザップ将軍の足跡をたどるためだ。

どこよりも傑出した敵将への礼儀をわきまえている国が日本だ。 日露戦争の勝利後‘軍神’として崇められた日本海軍提督の東郷平八郎が最も尊敬する人物に李舜臣(イ・スンシン)を選んだのは知られている事実だ。 東郷の影響のためか、日露戦争後、日本海事生徒は毎年、李舜臣が祭られた統営(トンヨン)忠烈祠を訪れたという。

第2次世界大戦直後にもこうした日本人の気質は遺憾なく発揮された。 1945年に米軍マッカーサー司令官が占領軍として東京に進駐すると、日本人は彼を「青い目の天皇」として熱烈に歓待する。 各種贈り物とともに称賛の手紙が一日に数百通ずつマッカーサー司令部に届いた。 その中の白眉は日本人12万人の汗の結晶であるマッカーサー肖像画刺繍作品だった。

安重根(アン・ジュングン)義士殉国101周年を迎え、25日、日本人が日本佐賀県無量寺の前に安義士記念碑を建てたという。 数年前に日本歴史教育者協議会が出した『人物で読む近現代史』という本では、安義士が「日本人の看守が欽慕するほど立派な人柄の持ち主」と描写されている。 日本側の立場では、尊敬を受ける政界の大物、伊藤博文を暗殺したテロリストであるが、安義士の義気を高く評価する人は少なくないようだ。 敵であれ内部のライバルであれ、自分側でなければ無条件に蔑視するのがこの地の世相だ。 敵であっても一人の人物を穏当に評価できる雰囲気がうらやましく立派だ。

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