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【コラム】日本の「武士道精神」は誇張だ(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2010.08.18 15:46
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 もっともらしく見えるが、実は西洋の騎士道や「ノブレスオブリージュ」を参考に、幼い頃に少し聞いた儒教的徳性や侍伝説を混ぜ合わせて作ったものだった。 新渡戸の想像力の産物だったということだ。 武士道というものが本当に日本の伝統として受け継がれてきたとすれば、何故よりによって侍の時代が終わった後に、しかも西洋の空気を吸った青年の手で、米国で英語で先に書かれたのか。

ところがこの本が出ると、米国はもちろん欧州でもベストセラーになった。 日本人はみんな武士道に基づいて行動するものと錯覚する西洋人も多かった。 西洋で有名になると、すぐに日本語にも翻訳された。 武士道が日本に逆輸入されたのがまさにこの時だった。 その後、武士道は日本人の意識の中に自分たち固有の道徳規範や美徳として刻印された。 ちょうど吹き荒れていた軍国主義の風も集団催眠を手伝った。 これは日本でも知る人はみんな知っている。 敢えて持ち出して話さないだけだ。

今でも武士道は日本人の意識で重要な比重を占める。 特に保守層が重視する。 国格を高めよう、国民意識を高揚させようという議論で必ず出てくるのが武士道の涵養だ。 屈折した自我陶酔だ。 自衛隊を海外に派遣する時、防衛庁の幹部が「武士道の国の気概を見せよう」と訓示したこともあった。 コメディーだ。

新渡戸は自分の本で「勇猛果敢なフェアプレー精神」として「義」を武士道の基本と考えた。 しかし武士道を崇敬していた日本軍国主義の蛮行を見れば、武士道が虚構だったことがよく表れている。 今の保守右翼も同じだ。 侵略戦争に対する反省と謝罪を惜しむ人たちのどこに武士道の風貌を見ることができるのか。 元々なかっただけに見えないのだ。

日本の保守右翼は菅直人首相が韓日強制併合100年を迎えて発表した談話に反発しているという。 私たちには今でも惜しまれる内容であるにもかかわらずだ。 彼らは侵略戦争に対する反省を「自虐的歴史観」と罵倒する。 武士道を崇める保守勢力であるほど過去の過ちを認めない。 侵略を反省するより敗戦を反省する。 これだから武士の体臭を感じるどころか、無責任で卑怯でずるく見えるのだ。 武士道を(言葉でのみ)崇める日本の保守右翼たちよ、新渡戸の本はいっそのこと破り捨ててしまえ。
日本の「武士道精神」は誇張だ(1)

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