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【その時の今日】自書「朝鮮史」を廃棄した旗田巍氏

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2009.10.14 10:45
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旗田巍(1908~1994)氏は慶尚南道馬山(キョンサンナムド・マサン)で生まれた。馬山小学校と釜山(プサン)中学校を卒業するまで17年間にわたり同地で「植民支配者の息子」という特権の下、育った。

「幼年期の記憶をたどってみると、朝鮮(チョソン、1392-1910)の人の、明るく堂々とした姿を思い出せない。生きていく喜び、未来への希望があったはずなのに、そうしたものをうかがうことができなかった」--。

同氏は、朝鮮の人はなぜ暗く貧困に苦しむ生活を送らねばならなかったかに対し、疑念を抱かない傍観者であった。熊本第五高等学校を経て東京帝大・東洋史学科を卒業した同氏は40年から南満洲鉄道株式会社の調査部員として8年間中国に滞在した。その時、同氏は「日本は文明、朝鮮と中国は野蛮」という差別意識をもっていて、侵略を学問的に後押しする道を選んだ日本帝国主義の追従者であった。

48年12月、日本に帰ってきた同氏は50年の韓国戦争(1950~53)をきっかけに、自身に「清算すべき借り」があることに気付く。韓国戦争が起きていたにもかかわらず、朝鮮の問題を心から研究する人はほとんどなかった。朝鮮人に対する優越感や軽蔑はかつてと変わらずそのまま残っていた。そうした状況を見て、朝鮮の歴史を研究すべき必要性を痛感した。

51年に同氏は「朝鮮史」を出版し、敗戦以降、日本の新たな韓国史研究を開拓した先駆者に浮上した。同書は日本人研究者に感動と衝撃を与えただけでなく「古本屋や図書館を歩き回っても古い皇国史観や植民地史観に基づく本しかなかった」同地の有識者にとっては干天の慈雨となった。

「私として気にかかった点は、姿勢や評価を改善しつつも、事実の認識において主に敗戦以前の研究に頼っているということだ。▽アイデンティティー論を脱却できなかった点▽古代日本の朝鮮支配をそのまま認めた点▽朝鮮人の文化的な創造力を描きだせなかった点--など大きな欠陥があった」。

韓国史への新たな研究成果が蓄積された70年代に同氏は「自らも読むのが苦痛で、社会のためにもならない」とし「朝鮮史」の絶版を決行した。「日本人は過去・現在・未来にわたる日本の植民地主義を自ら否定しない限り、自由な人間になれない。韓日問題をどう考えるかは、実は日本人の成長指標と言える。およそ40年前の69年、すでに同氏は、日本という国家だけではなく市民社会が「植民地支配と侵略の過去歴史を省察しなければいけない理由」を明確に提示した「日本の良心」だった。


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