『竹の森遠く』…日本が韓国に与えた苦痛にはどうして目をつぶったか

『竹の森遠く』…日本が韓国に与えた苦痛にはどうして目をつぶったか

2007年02月03日13時04分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  ヨーコカワシマ・ワトキンス氏へのインタビューの回答は1月30日、ファクスで受け取った。A4用紙9枚の分量だった。

  ニューヨークタイムズ、CBS、ボストングローブなど米国の主要メディアが取材に当たったが、彼女は本紙に最初に立場を明らかにした。『ヨーコ物語』(竹の森遠く)によって韓国人が受けた傷を考え、韓国人読者に先に謝らなければならないと説得した結果だった。回答で著者は韓国人読者に何回も謝罪の意を伝えてきた。しかし客観的歴史に対しては背を向けていた。

  著者の回答が「問題を起こして申し訳ないが、事実を歪曲していない」であるからだ。

  1945年当時、彼女は11歳だった。そのときの記憶がすべて合っていると断言できるか。個人の記憶がそこまで完全なものか。著者は45年に人民軍を目撃したと書いている。しかし人民軍は48年創立されている。これについては歴史的事実に即した表現ではないと述べた。成均館(ソンギュングァン)大学のキム・イルヨン(政治外交学科)教授は「当時、北朝鮮地域で軍服を着て鉄砲を持てた人々は、人民委員会傘下の治安隊ぐらいだった」と述べた。

  著者の回答によると緻密な検証作業なしに思い出したとおりに書いたら、致命的な誤りが生じたというものだ。嘘をついたのではないと言っているが、間違いは、歪曲は、発生したのだ。

  しかし事案の本質は個別の事実の確認にはない。日本人(著者の国籍は米国だが)は概して第2次世界大戦を被害者の立場として発言する。特に文化コンテンツでそうだ。この話のみならず88年に制作されたアニメーション『火垂るの墓』、昨年、翻訳出版された漫画『夕なぎの街』も敗戦国、または原爆被害者の立場として第2次世界大戦を描いている。

  シン・ジュベクソウル大学社会発展研究所責任研究員は「日本式平和主義は加害者の歴史を記憶していない」と言い切っている。

  著者は平和活動家だ。昨年は長崎から広島まで34日間、徒歩行進をしている。平和を望む気持ちは十分理解する。しかしこの喜寿の平和活動家も加害者の歴史は記録していない。いや記憶にもなかった。
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