安倍新総裁の母、78歳の高齢でも息子に演説法指導

安倍新総裁の母、78歳の高齢でも息子に演説法指導

2006年09月22日12時32分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  父と息子を総理大臣とする女性が初めて誕生した。

  20日、自民党総裁選挙で勝利し、首相就任を目前にしている安倍晋三の母、安倍洋子さん(78)がその主人公だ。洋子さんは岸信介元首相の長女。安倍新総裁の側近によると安倍新総裁の首相就任を誰よりも喜ぶ人が洋子さんだという。夫が生前にそれを切に望んだが、果たせなかったことを息子がやりとげたからだ。

  洋子さんの夫の安倍晋太郎元外相は首相挑戦に2度(1982、87年)失敗し「さあいよいよ…」というときに健康悪化によりあきらめなければならなかった。元外相は88年、すい臓がんの診断を受け91年に世を去った。

  ある消息筋は「今年の初め、政界で安倍新総裁は、若いから『次々期』に首相をしてもいいではないかという世論が広がり、安倍新総裁もためらったことがあった」というが「このとき安倍氏の背中を強く押した人が洋子さん」と伝えた。政治に関心が高く、安倍新総裁首相が親孝行者だという点から、洋子さんが新しい政権の「影の実力者」になる可能性もある。

  母は息子に「演説するとき、話し方が早い。それでは高齢者には聞きとれない」「話すときあまり周りをきょろきょろ見回すな」など細かな助言もしている。

  安倍新総裁は現在、東京渋谷区富ヶ谷の3階建てのマンションの2階、洋子さんは3階に住んでいる。

  ◆ 安倍派議員夫人たちも管理=彼女は日本政治の生き証人だといえる。父、岸元首相の選挙活動を助けるため20代初めから選挙区を回り支援遊説をした。22歳のとき毎日新聞政治部記者だった晋太郎氏と結婚した。以後、政界に入門した晋太郎氏の選挙区(山口県)の管理は洋子さんの役目だった。楽観的で闊達な性格から地方区での人気は晋太郎氏をしのいだ。地方区管理のノウハウは嫁の昭恵さん(44)にも伝授された。

  1993年、初出馬した安倍晋三氏を支援するため地方区に出た昭恵さんは個人演説会場で何を言っていいのか分からず、マイクを持ったまま涙ばかりぽろぽろ流していた。後ろで姑は「演説をうまくやろうと思わずに、あなたの思うままをを他人に伝えればいいと思いなさい」と指導した。

  洋子さんは「安倍派の夫人として安倍派所属議員の夫人たちを結束させることにも力を発揮した。安倍新総裁とともに有力政治家たちを訪ね歩いたこともあった。

  87年10月19日、中曽根康弘首相の後継者を選んだ日を洋子は決して忘れることができない。午後1時「安倍晋太郎、新しい首相確実視」というニュースが伝わった。家族たちはみな興奮したが、洋子さんの反応は物静かだった。首相の娘として政界での争いを幼いころから見てきたからだ。

  結局、次期首相は竹下登氏に決まった。以後、洋子さんの目標はただ1つ、息子を首相にすることだった。洋子さんは夫の死後、これまで居間にかけておいた夫の遺影と仏壇に向かって、夫にはなかった運を息子にくださいとずっと祈っていた。

  洋子さんは息子の健康を心配している。家系が全般的に肺と胃系統が弱いからだ。安倍新総裁の祖父は結核で亡くなり、父も大学時代、同じ病気で6カ月間入院した。安倍新総裁も肺が弱く、20代のときに入院したことがあり、99年にも何カ月間か、病院通いをした。そのため洋子さんは嫁を通じて息子の健康を細かくチェックしている。
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