<ピープル>北派工作員キム・ドンソック氏…「金日成を4分差で逃した」

<ピープル>北派工作員キム・ドンソック氏…「金日成を4分差で逃した」

2005年10月24日13時10分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  「金日成(キム・イルソン)主席を4分差で逃しました」--。

  「北工作員のドン」と称えられるキム・ドンソック氏(82、予備役陸軍大領)は23日「1952年8月、北朝鮮人民軍17師団長の離・就任式参加のため元山(ウォンサン)に立ち寄った金日成主席を捕らえるために現場に投入されたが、予想より早く平壌(ピョンヤン)を発ったため逃した」と発言した。そのとき、金日成主席が残したタバコの吸穀には温もりが残っていたという。

  キム氏は2年後の54年2月には敵陣である江原道(カンウォンド)トンチョンに進入、北朝鮮人民軍師団長イ・ヨンヒを説得して帰順させたと主張した。

  キム氏はこのような自分の北派工作活動を書いた「This man、戦争英雄キム・ドンソック」という回顧録を最近、発行した。「This man」は50年9月、マッカーサー将軍が彼に付けたニックネームだ。

  キム氏は50年7月、江華島(カンファド)を経由、仁川(インチョン)に入り、ソウル地域に駐屯中だった北朝鮮人民軍の位置や現況など詳細な諜報を国連軍司令部に送った。マッカーサー将軍はキム氏の諜報を綿密に検討したあげく「This man」が送ったものならOK」と言い、仁川上陸作戦に入ったという。

  当時からキム氏は南北の工作員間で「This man」と呼ばれてきた。キム氏がソウルで国軍に逮捕された北朝鮮人民軍105戦車師団第1大隊長キム・ヨン少佐を説得して得た情報は、国軍の平壌入城に決定的な資料になった。

  米国はキム氏の功労を認め2002年5月、京畿道議政府(キョンギド・ウィジョンブ)米2師団内の戦争博物館に「キム・ドンシック戦争英雄室」を作った。

  キム氏は江原道三陟(サムチョック)郡守と江陵(カンヌン)市長、木浦(モッポ)市長、咸鏡北道(ハムギョンプクト)知事、大韓柔道会副会長などを務めた。中堅歌手チン・ミリョン(本名キム・ミリョン)さんは娘。

  キム氏は26日午後、ソウル竜山(ヨンサン)戦争記念館で北派工作員出身の同志らと出版記念会を開く予定だ。
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