ウンベルト・エーコの推理小説『バラの名前』が翻訳、出刊された年が86年だから、すでに約20年前のことだ。日本の西洋古典学者、谷口勇教授が、ある雑誌の寄稿で「...すでに韓国語版があり、はなはだしくはロシア語版まで出ているが...」と書いたことがある。
言葉のニュアンスから考えて、私は当時までも、日本語版を出版できずにいる日本の出版界に、残念な心情を示したもの、と受けとめた。欧州の本が、日本より先に韓国で翻訳、出版されることが多くなかった時代だった。訳者の私は、痛快に思ったり、小気味がいいと思ったりした。初版が出版された直後、私に、谷口教授の手紙が届いた。出版社を経由して、私のもとに届けられた手紙だった。
封筒を開けてみて、非常に驚いた。しっかりとしたハングルを、一つひとつきれいに書き込んだ手紙だった。西洋古典学者は、少なくとも5の言語に習熟しなければならない、と私は聞いている。ところが、谷口教授が韓国語まで書いていることに驚いた。「日本エーコ学会(Japanese Eco Society)」の海外のメンバーとして招待する、との内容だった。